第44話 捜索

「いないっていうのは、鹿神様のこと?」



 尋ねると、メディルが頷く。



「いつもは、メディルがここに来るときには、鹿神様が先にここに来ているの」


「……そっか。でも、待っていれば来るんじゃない?」


「そうかもしれない。後から来ることもある」


「じゃあ、少し待とう。ご飯でも食べながらさ。あ、ここでご飯って食べて大丈夫?」


「うん。大丈夫。神聖な場所だけど、人としての普通の営みを禁じる場所じゃない」


「そっか。じゃあ、食べよ」


「うん……」



 泉の側に敷物を敷き、そこに座って六人で食事を摂る。ごく一般的な携帯食で、パンに肉や野菜を挟んだもの。あとは、火を起こして簡単なスープを作った。


 清浄な空気に気圧されて、食事も静かなものになった。地上にいるのに溺れているような感覚もあって、長居する場所ではないなと再認識。


 食事を終える頃になっても、鹿神様は現れなかった。



「……ねぇ、メディル。いつもは、どれくらい待っていたら鹿神様は現れるの?」



 気落ちした様子のメディルに尋ねてみた。



「日によって違う。すぐに現れるときもあれば、しばらくしてから現れるときもある」


「じゃあ、まだ可能性はあるわけか」


「……うん」


「鹿神様と会うのは、いつもここ?」


「厳密に言えば、いつもじゃないよ。別の場所でひょっこり顔を出すこともある」


「そっか。少なくとも、聖域の中?」


「そうとも限らない。聖域以外でも会ったことがある」


「そっか……」



 鹿神様の生息域は、おそらくこの広い森全て。その中でも、聖域と呼ばれる地域にいることが多い、という感じか。



「……私が、召喚獣で探してみても大丈夫かな?」


「うん。探すだけなら大丈夫。攻撃するのはダメ」


「攻撃なんてしないよ。それじゃあ……」



 金陽雀きんようじゃくを四羽召喚。鹿神様を探してもらう。



「あたしも加勢します」



 ラーニャは黒鈴鳥こくりんちょうを五羽召喚し、鹿神様捜索を開始。細かい指示はできないながら、特別な生き物を見つけたら教えて、と伝えておく。



「私は一応、探知魔法でも使ってみましょうか」



 ルクが魔法を発動させるが、すぐに肩を落とす。



「ダメですね。この近辺に、私たち以外の生き物の気配はありません」



 こういうとき、ローナはあまり役に立たない。ローナは戦闘特化の霊獣を三体従えていて、それ以外を召喚できない。


 エリズはというと……?



「エリズって、探すのは得意?」


「いえ、苦手です」


「だよね」


「強いて言えば、きりを周囲に散らすことで近辺の状況を把握することはできます。でも、何かいることはわかっても、神獣と判別できないので無意味ですね」


「そっか。単純に魔物を警戒するだけならいいけど、それだけで探せるわけじゃないか……」



 いざとなれば自力で歩き回って探すしかない。


 ただ、今日のところはメディルを家に帰さないといけないから、長居はできないな。


 待っていると、金陽雀きんようじゃくたちが帰ってくる。残念ながら、特別なものは何も見つからなかったらしい。


 この付近にはいない、か。この広い森全体を短時間で探索する方法はないので、じっくり時間をかけて探すしかなさそう。



「……帰りも時間はかかるし、今日はそろそろ帰ろうか」



 気落ちするメディルに声をかける。すぐには返事がない。鹿神様に会えなかったことを、私以上に残念に思っている様子だ。



「……少しだけ、一人にしてくれる?」


「うん。いいよ」



 鹿神様は一人のときにやってくるというから、それも良い案かもしれない。


 メディルを泉の側に置いて、私たち五人はその場から離れる。



「簡単にはいかないなぁ、神獣探し」



 元より、一ヶ月はかかるだろうと思って計画していた。今日一日で見つからなかったとしても、大きな問題はない。


 メディルを町に返して、明日から数日かけて森を探索してみよう。



「ヴィーシャさん。メディルさんを待つ間、抱きついてていいですか?」


「……今度は何? それ、何か意味があるの?」


「わかりません」


「……あるとすれば、どういうことになるの?」


「うーん……まぁ、つべこべ言わず、抱きつかれてください!」


「ちょっと!?」



 エリズが問答無用で私に正面から抱きついてきた。


 相も変わらず柔らかな体が押しつけられて、ふわりと良い香りも漂う。


 その体温が妙に温かく感じられるのは、エリズの魔力が私に注がれているからだろうか。


 エリズが私の首筋に鼻を寄せて深呼吸。これは恥ずかしい。半日歩き続けて、汗だってかいているのにっ。



「エリズ! 今のそれは意味ないでしょ!?」


「ありますー。わたしの気分を盛り上げるために必要なんですー」


「そんな方法で盛り上がるのはやめて!」


「わたしも一人の女なのです。仕方ないではありませんか」


「仕方なくない!」



 軽く抵抗しても、エリズは私を解放してくれない。一体、私は何をされているんだ。



「ちょっと舐めていいですか?」


「やめて!」


「いいじゃないですか。減るものじゃありませんし」


「私の精神力が削られる!」


「すぐに回復しますよ。ぺろっ」


「本当に舐めるな! ぞわぞわする!」


「それ、たぶん慣れると逆に心地よくなる奴じゃないですか?」


「ち、違うから!」




 別にエリズに舐められたからって気持ち悪いとか思うわけじゃないけど、今この場でそういうことをされるのを好ましいとは思わない!


 エリズが私の鎖骨辺りにキスをする。さらに、痕が残るような吸い方をする。



「エリズ! 変なことしないで!」


「変なことじゃなくて、ただの愛情表現です」


「それでもやめて!」


「……続きはベッドの上で、という奴ですか?」


「ベッドの上でもしない!」


「じゃあ、この場でするしかないですよね?」


「どういう発想!? もう、いい加減にして!」



 エリズを強く押し返す。不満そうにしながらエリズが離れるも、私の左手は握ったままだ。この子、私の左手を握っていないと死んじゃう病気なの?



「ヴィーシャさんは恥ずかしがり屋ですね」


「誰だって恥ずかしいでしょ、こんなことされたら!」


「そうですか……?」



 エリズがローナとルクを見る。ああ、うん、この二人なら、いざとなれば人前でイチャつくことなどいとわないかもしれない。



「……で、今のはなんだったの?」


「まぁ、わかってはいたことなのですけど」


「何?」


「ヴィーシャさん、既に私の魔力を使えますよ」


「……どういうこと?」



 エリズがにこりと笑う。これ、何の話?

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