第43話 二番目
「メディルさんって、恋人いるんですか?」
歩きながら、ラーニャがいきなり恋バナを始めた。ラーニャって恋バナ好きだな……。女の子はだいたいそうだけど……。そういうのが苦手な私が特殊なのか……。エリズも興味津々な顔してるし。
「メディルに恋人はいないよ」
「じゃあ、好きな人はいます?」
「いないなぁ」
「そうですか……」
お、恋バナが一瞬で終わった。私としては悪くない流れ。
「いいなと思う人もいませんか?」
「いないよ。メディルのことをわかってくれない人たちなんかに興味ないし」
メディルの冷めた声。恋バナの雰囲気が一転、場の空気も冷え込む。
「……そうでしたか。ビオナクは住みやすそうですが、住人に人を見る目がないのが残念です」
「……そう言うラーニャは、メディルの言うことを信じるの? 鹿神様にしょっちゅう会ってるって」
「信じてますよ。メディルさんはつまらない嘘を吐く子には見えません。鹿神様によく会っていますし、鹿神様も本当にメディルさんに会いに来るのでしょう」
「……証拠なんてないよ?」
「そうですね。でも、メディルさんの澄んだ瞳がその証拠ですよ」
「……急に何を? メディルを口説いてるの?」
「いえいえ。単に思ったことを述べただけですよ」
「……ふぅん。
「そうですか? ま、かっこよくあろうとは思っている種族ですよ」
メディルがじぃっとラーニャを見つめる。この人を信じて良いものかと探っている様子。
私もメディルを信じてるよ、と伝えておこうかとも思ったけれど、今はやめておいた。言っても、素直に信じてはくれないだろう。
メディルがまた前を向きつつ、ラーニャに尋ねる。
「ラーニャに恋人はいるの?」
「いませんよ。この五人でいると、あたしだけ独り身なのでいつも寂しい思いをしています」
「ふぅん。好きな人は?」
「気になる人はいるんですけど、その人には恋人がいるので遠くから眺めています」
「なにそれ、切ない」
「そうでもないですよ。二番目の妻的なポジションを狙っている最中なので」
「一番目じゃなくていいの?」
「一度妻的なポジションについてしまえば、後は一番目だろうと二番目だろうと関係ありません。どっちが一番大切かなんて、日によっても状況によっても変わります。一番目と二番目が順次入れ替わるだけの話です」
「ふぅん……。一途で健気なのか、腹黒いのか……」
「腹黒くはありませんよ。好きな人を不幸にしたり、二人の中を混乱させたりしたいわけではありませんから」
「そっか。うーん、ラーニャの恋は複雑……」
「メディルさんも、もう少し大人になればわかりますよ」
「ラーニャって何歳?」
「十四です」
「メディルと二つしか違わないじゃん。偉そうに」
「いえいえ、この二歳差が大きいんですよ」
ラーニャとメディルの恋バナは続く。どうやら私に話を振ってくることはなさそうなので良しとしよう。
のんびりと二人の話を聞き流していたら、エリズが私の左手を強く握る。
「……ん?」
「ヴィーシャさん、自分には関係ない話、みたいな顔してますね?」
「え? うん。それが?」
「……ヴィーシャさんって、意外と抜けてますよね」
「え?」
「まぁ、いいです。私がしっかり守るだけですから!」
エリズが何故か気合いを入れている。
理由がよくわからず困惑していると、前を歩くローナとルクも溜息。
「エリズも大変だな」
「そうですねぇ。自分の魅力に自覚がないのも考え物です」
どうやらわかっていないのは私だけらしい。
「……自分の魅力って、何の話?」
「ヴィーシャは可愛いって話」
「そして、澄んだ心を持っているという話です」
「……はぁ?」
私は可愛くないし、澄んだ心も持ってない。
二人が何を言っていることに納得がいかない。
「やれやれ。ヴィーシャは自分を客観視できないのが惜しいな」
「エリズさん、なかなか大変でしょうけど、根気強くヴィーシャさんに向き合ってあげてくださいね?」
「もちろんです! 死が二人を分かつまで、ずっと側にいますから!」
「そうか。ヴィーシャは良い人と出会えたようで何よりだ」
「二人が何年経っても幸せそうに笑いあっている姿が目に浮かびます」
結局、私にもラーニャたちの恋バナが飛び火してしまっている。私は神獣に会いにきただけなのにな……。
恋愛話で私以外の五人が盛り上がる時間がしばらく過ぎて。
木々の隙間から、太陽の位置がだいぶ高くなったのを確認した頃に、森の中の聖域と呼ばれる場所に到着。
「……ここが、聖域」
聖域と呼ばれるだけあって、他とは雰囲気が違う。空気が澄んでいるだけじゃなく、場に満ちている魔力も清浄で、ここにいるだけで体が浄化されていく感覚がある。また、木々が他の場所に比べて倍ほどに成長している。その木一本一本に神が宿りそうな雰囲気。
「……メディルがいつも鹿神様と会ってるのは、もう少し奥だよ」
メディルの声に緊張が滲む。今日こそは鹿神様に会いたいという意気込みのせいだろう。
メディルと共に森のさらに奥へ。
危険な存在は感じない。ただ、青々と茂る樹木、苔蒸した足場、静かすぎる空間に、畏怖の念が自然と沸いてくる。
美しい場所なのは間違いない。しかし、だからといって好き好んでこの場所にやってくる人は少ないだろうと察する。
この場所は綺麗すぎる。人が安易に踏み込んで良い場所ではないと、嫌でも思い知らされる。
「……そっか。こういう場所に、神獣様は住んでいるのか」
神獣がどうやって生まれるのか、はっきりとはわかっていない。ただ、こんな清浄な空間にいれば、神獣だって生まれてくるだろうと直感的にわかる。
……狼さんも、そうだったのだろうか。こんな場所で暮らしていて、いつしか神獣になったのだろうか。
六人で、道なき道を突き進む。非常に歩きづらいけれど、周りに危険がないのは幸い。余計な気を使うことなく、ただ進むことだけに集中できる。
足場が悪いからだけという理由じゃなく、自然と私たちの間で交わされる言葉は少なかった。
やがて、森の中に蒼い泉を見つける。水が蒼や緑に煌めいて見える、不思議な泉だ。
「……綺麗」
「綺麗ですね……」
「おお……」
「素敵です……」
「これはこれは……」
鹿神様ではなく、この泉を見に来たのだとしてもおかしくないような、美しい泉だ。メディル以外の五人が、ぼうっとその泉に見とれてしまう。
一方、メディルはというと。
「……いない」
とても残念そうに、ぼそりと呟いた。
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