第37話 本当
金髪を後頭部で一本にまとめた、十二、三歳くらいの可愛らしい女の子だった。好奇心旺盛そうな瞳をキラリと輝かせて、口元にも愉快そうな微笑み。
「……えっと、とりあえず、あなたは誰? 名前は、メディル……なのかな?」
「そうだよ! 名前はメディル! ビオナクで暮らしてる、ごく普通の女の子! もう少し正確には、鹿神様に仕える神官だよ!」
「神官……?」
メディルは一般的な町人が着る服装をしている。特に神聖な仕事をしている風ではない。宗教関係者ではなさそう。
「どこの神殿の神官さん?」
「どこっていうか、鹿神様に仕える神官だよ?」
「……鹿神様を信仰する宗派があるのかな?」
この国では、統一して特定の神様だけを奉る習慣がない。一応、こんな神様が世界を作ったのだ、という話は共通して伝わっているが、そこから派生した様々な神様を各地で信仰しているのだ。
私はあまり神様を信仰することはないのだけど、地元の神話くらいは知っている。また、神話はあれど、神様を信仰しないという選択も許される程度に、神様の存在は緩く扱われている。
「メディルは宗教関係者じゃないよ! 鹿神様を利用して金儲けする連中と一緒にしないで! メディルは一人で鹿神様に仕えてるの!」
「……ふぅん。個人で信仰することもあるのか」
鹿神様は、ただそこにある神秘であるらしい。となれば、鹿神様をどういう存在として解釈するかは人によるのだろう。
鹿神様を上手く利用すれば、金儲けも確かに可能。しかし、メディルは、金儲けとは別の視点で鹿神様を大事に思っている様子。
「それで、お姉さんたちは鹿神様に会いたいの? 会いたくないの?」
「もちろん会いたいよ。でも、蒼幻の鹿……鹿神様は、会いたいと思ったからって会える相手ではないんでしょ? メディルは、鹿神様にいつでも会えるわけ?」
「いつでもは無理。でも、三回森に入れば、一回は鹿神様に会えるの。もちろん、何日も森をさまようとかはなし!」
「それが本当なら、すごく助かる。当てもなくさまよってたら何日かかるかわからない。けど、どうやって会うの?」
「あたしが森の聖域に入れば、鹿神様が自然と会いに来てくれるの」
「鹿神様と……友達、なの?」
「鹿神様と友達にはなれないよ? 相手は神獣だもん。何を言ってるの?」
この子の言っていることが本当だとして、私と狼さんとの関係とはまた違うらしい。
「……鹿神様って、人の言葉をしゃべる?」
「しゃべらない。でも、あたしの言うことは理解してる」
「そっか」
メディルの言葉はどこまで信頼に足るだろう? 嘘を言っているようには見えないし、嘘を吐く意味もないように思う。特に有力な情報もない今なら、メディルを頼ってみてもいいかもしれない。
「メディルに案内をお願いするとしたら、いくら払えばいいの?」
尋ねてみたら、メディルがキョトンとして首を傾げた。
「……お姉さん、あたしの言うことを信じるの?」
「え? 嘘だったの?」
「……本当だけど。でも、町の人は誰も信じてくれない」
メディルが寂しげに目を伏せる。
そこへ、先ほどのお菓子屋のおじさんが声をかけてくる。
「おい! そこの旅人さん! その子の言うことは聞かんでいいぞ! そいつに案内されて、実際に鹿神様に会った奴なんて一人もいないんだ。町の人も、旅の奴もな。
鹿神様に会ったことがあるってことまで否定する気はないが、鹿神様が寄ってくるなんてのは信じられん」
どうやら、メディルはこの町では有名な案内人らしい。
おじさんの言葉を聞いて、メディルは眉を寄せて言い返す。
「メディルは嘘なんて言ってない! 一人のときは、鹿神様はあたしのところに寄ってくるの!」
「誰も目撃者がいないんじゃ、どうしたって信憑性は怪しいもんさ」
「……本当なのに」
メディルが悔しそうに唇を引き結ぶ。
そこには本物の悔しさが滲んでいるようにしか見えない。
「……ねぇ、メディル。私たちを鹿神様のところに案内してよ」
私の言葉に、メディルは一瞬呆けた顔。
「……お姉さんは、メディルを信じてくれるの?」
「うん。だから、案内してよ。あ、でも、代わりに大金寄越せって言われても困るかな……」
「お金はいらない! 鹿神様を利用してお金儲けなんてしない!」
「そう。じゃあ、何が欲しい?」
「何もいらない。何もいらないから……ちゃんと会えたら、メディルは嘘なんて言ってないって、皆に伝えてよ……」
メディルが声を掛けてきたのは、それが目的か。察するに、メディルはこの町で嘘吐きだと認知されているのだろう。それを覆したいからこそ、誰かを鹿神様のところへ案内したがっている。
「わかった。鹿神様に会えたら、メディルは本当のことを言ってるって、皆に伝える」
「……うん。お願い」
話はまとまったものの、私とメディルで勝手に決めてしまったことに気づく。
「皆、そういうことでいい?」
「いいですよ!」
元気良く返事をしたのはエリズ。そして、他の三人も頷いた。
「今更反対はできませんよ、師匠」
「決まった後に尋ねられてもね」
「これはヴィーシャさんの始めたことですから、ヴィーシャさんの思う通りにすればいいですよ」
「……ありがとう。それじゃ、メディル、宜しくね」
改めてお願いすると、メディルはぱっと笑顔を咲かせた。
「うん! メディルに任せて! 今度こそ、ちゃんと鹿神様に会える気がするの!」
それが本当になってくれれば良いが、どうなるかな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます