第5話 エレノア・リンドル

 二人で召喚士ギルドの建物に入ると、見た目は十代後半くらいの女性が、入り口近くで机に向かっている。召喚士ギルドの長であるエレノア・リンドルだ。


 エレノアさんはハーフエルフであり、見た目は若くとも実年齢は三十を越えているらしい。エルフほどではないが、ハーフエルフも見た目年齢の変化が遅いのだ。


 髪は肩ぐらいまでの長さなのだが、左側が少し長い。左右非対称になっているのがおしゃれっぽい。銀髪も綺麗だし、顔立ちも整っている。さらには女性としての魅力たっぷりなスタイルも兼ね備えていて、エルフの血は偉大だと、エレノアさんを見る度に思う。


 私の来訪に気づき、エレノアさんは顔を上げてこちらを見るのだが。



「ヴィーシャか。いらっしゃ……い?」



 いつもは理知的な澄まし顔をしているエレノアさんが、私の隣に立つエリズを見て口をぽかんと開けてる。



「……え? その神々しいまでの魔力……。もしかして、精霊様……ですか?」



 流石というべきか、エレノアさんは見ただけでエリズの正体がわかるらしい。



「初めまして! ウンディーネのエリズです! ヴィーシャさんのパートナーとなりましたので、ご挨拶に参りました!」


「ヴィーシャのパートナー……? 精霊様が……?」



 エレノアさんの視線が私に向き、すぐにその目つきが険しくなる。



「ヴィーシャ! お前、一体何をした!?」



 恫喝どうかつのような勢いに、思わず萎縮してしまう。



「や、その、これはですね……」



 エレノアさんが席を立ち、ツカツカと歩み寄ってきて私の前に立つ。



「お前に精霊様を呼び出す力なんてなかっただろ!? 何か変な魔法具でも使ったのか!? 誰に渡された!? 危ない連中と関わっているんじゃないだろうな!?」


「や、その、ですね」



 怒っているようで、私の心配をしてくれているらしい。エレノアさんは、ギルドの長として時に厳しい態度もとるけれど、本質的には優しい女性だ。


 説明するより魔法具を見せた方が早いと思い、左手の手袋を取る。薬指の指輪をエレノアさんに見せた。



「エレノアさん、これが何かご存じですか?」


「……なんだ、その指輪。魔法具だというのはわかるが……?」


「エレノアさんですらご存じないんですか? 精霊界隈ではそれなりに有名な夫婦めおとの指輪というらしいです」


夫婦めおとの指輪だと……? 単なるお伽噺とぎばなしのアイテムじゃないのか……?」


「エレノアさん、一応知識としてはご存じなんですね。私はエリズに聞くまで知りませんでした」


「待て待て。夫婦めおとの指輪が実在するなんて話は聞いたことがないぞ? 百年以上前の記録で、その指輪を使って精霊様と結婚した魔法使いがいたことにはなっている。しかし、真偽は定かじゃない。

 それ以外で登場するのはどこぞの英雄譚えいゆうたんだったりお伽噺とぎばなしだったりで、空想上の魔法具だというのが通説だ。

 それなのに……これが本物の夫婦めおとの指輪だって?」


「そうらしいです。エリズ曰く、ですが」



 エレノアさんがエリズの方を向く。



「……精霊様。これは、本当に夫婦めおとの指輪なのでしょうか?」


「わたしも噂でしか存在は知りませんでしたけど、状況から考えると間違いないでしょうね。ヴィーシャさんが召喚したわけでもないのに、わたしはここにいますし。

 それにほら、わたしの左手にも同じ指輪があります。これ、わたしの力でももう外れないんですよ」


「……まさか、そんな……」


「ちなみに、ヴィーシャさんには言いましたが、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ? わたし、精霊ではありますけど、実年齢も見た目通りの十五歳にすぎません。生まれが特殊なだけで、中身はただの女の子です。お気遣いなく」


「……し、しかし、ですね。精霊様というのは、召喚士からすると本当に高位の存在でして……」


「むぅ。強情ですねぇ……。わたしがいいと言っているのに……。まぁ、いいです。変に命令して態度を改めさせるのも嫌ですし、そちらの納得いくように接してください」


「……ご理解いただきありがとうございます」



 エレノアさんが恭しく頭を下げる。


 少し大げさ……ということもないのか。精霊様といえば、人間の王侯貴族よりも高位で尊い存在だというのが、召喚士としての認識。本来ならひれ伏していてもおかしくないところ、エリズの気持ちを汲んで多少はフランクに接しているのだろう。



「申し遅れましたが、私はエレノア・リンドルです。トゥーリアの町の召喚士ギルドにおいて、ギルドマスターをしております。矮小なる人間が精霊様と言葉を交わすことさえ恐れ多いことですが、お目にかかれて大変光栄です」



 エリズが、ふぅ、と小さな溜息。敬われるのは本当に好きじゃないようだ。



「……とにかく、ですよ。わたしは夫婦の指輪の導きにより、ヴィーシャさんと出会いました。

 今はまだ友人のような関係ですが、ゆくゆくは夫婦として共にあることを望んでいます。この町にも、エレノアさんにもお世話になります。

 精霊とはいえ、ただの若輩ではございますが、どうぞ宜しくお願いします」



 エリズが右手を差し出す。エレノアさんは恐縮し、恐る恐る握手を交わした。



「宜しく、お願い、致します……」



 こんなに緊張しているエレノアさんを見るのは初めてだ。


 エリズを呼び出してしまったこと、私が思っている以上に大事件だっただろうか……?

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