第4話 町

 私の住んでいるトゥーリアの町は、都会とは言えないものの、町並みは綺麗だし、ゆったりした雰囲気の住み良いところだ。


 魔法の街灯や石畳も整備され、景観を意識したおしゃれな作りの家も多い。屋根の色がだいたい橙色なのは、単純に素焼きの瓦を利用しているからだそうだが、いい色合いだと思う。


 逆に、私が生まれ育った王都イーデリアでは、洗練された白亜の建物が多かった。それはそれで悪くない景観だったけれど、少し殺風景にも感じられた。


 独り立ちの際、トゥーリアにやってきたのは正解だったと思っている。



「人間の町って、いかにも人間が作ってる感じがして、面白いですよねー」



 エリズが町並みを見るのはこれが初めて。キョロキョロと興味深そうに町を眺めている。召喚士ギルドまで、ずっとこんな感じが続くのかな?



「まぁ、人間が作ってるなら、人間らしい作りになるでしょ。そっちの町はどんな感じなの?」



「精霊は、基本的にありのままの自然の世界に住みます。わたしたちウンディーネだったら、湖畔だったり、海辺だったり。あえて家や町を作るということはしないで、なんとなくお気に入りの場所を決めるくらいです」


「へぇ……そうなんだ……」


「家を作る、町を作るっていうのは、人間らしい営みです。わたしは精霊の世界で生まれ育ったので、本当に新鮮で面白いです。本当にこんな風に暮らしているのか! って」


「……そっか。ま、すぐに慣れると思うよ」



 人間と精霊。


 見た目は似ているけれど、根本的な部分ではやはり全く違うのかもしれない。


 エリズは本当に、人間の町に馴染めるのだろうか?



「わたしとしてはこの町を隅々まで見て回りたいところですけど、お仕事のお邪魔をしてもいけないんですよね? わたし、知ってます。人間にとってお仕事はとっても大事なのです!」


「……大事っちゃ大事かな。働かないと生きていけないし」


「何を隠そう、わたしは労働というものをしたことがありません。それでも生きています精霊はそういうものです」


「……そもそも、精霊様ってご飯も食べなくていいんだもんね。草木とかの自然から魔力を吸収して生きてるんでしょ?」



 昨夜、エリズは私と一緒に夕食を摂った。食べることができないわけではなく、必要とはしていないだけ。食べようと思ったら食べられる。



「わたしたちは精神体がメインですからね。魔力があれば生存可能です。人間は毎日毎日ご飯ばっかり食べないといけないので不便そうですね」


「……不便って。そういう捉え方をしたことはなかったよ。毎日普通に食べるものだから」


「ご飯ばっかり食べて、飽きません?」


「そりゃ、同じものを毎回食べさせられたら飽きるけど、食事自体に飽きることはないよ」


「そんなもんですか? 人間って不思議です」


「私からすると、精霊様の発想の方が不思議だよ」



 たわいもない話をしながら歩いていると、道行く人からやけに注目されていることに気づく。その視線の先にいるのはエリズだ。


 エリズは人間基準でとても美しい少女なので、注目を集めるのは無理もない。


 また、人口二万人程度ではあるものの、一つの区画内では何となく顔見知りになるような町だから、見知らぬ少女に興味を持ったというのもあるだろう。


「エリズはやっぱり目立つね……」


「みたいですね。別にわたしを眺めても面白いことはありませんけど」


「綺麗なものは見ていたくなるのが人間ってものなの」


「ヴィーシャさんもそうですか?」


「まぁ、そうかな」


「ふふ? ヴィーシャさんが望むなら、ずっと見つめてくださってもいいですからね?」


「……はいはい。ありがたいことだね」



 若干の居心地の悪さを感じつつ歩いていると、まもなく召喚士ギルドの建物に到着。


 召喚士ギルドはかなり控えめなギルドなので、見た目は一般的な家屋と変わらない。三階建てで、三角屋根の家。ユニコーンの印がついた看板がなければ、ただの民家と見間違えてしまうだろう。



「そもそも、ギルドってなんですか?」



 ギルドに入る前に、エリズが尋ねてきた。知識としても知らないのかな?



「ギルドってのは、同業者が集まった団体のこと。召喚士ギルドなら、召喚士同士が集まってる。ただ、この町だと召喚士って五人しかいないから、ギルドって言っても超小規模な勢力になってる」


「へぇ。ちなみに、他のギルドだともっと人がいるんですか?」


「一番多いのは魔法使いギルドだね。五百人くらいはいるんだってさ。他にも、傭兵ギルドとか商人ギルドは人が多いよ」


「ふぅん……。ギルドに入ると、何かいいことでも?」


「一つには、同系統の力を持った者同士で仲間ができる。これはこれでありがたい。

 一番のメリットは仕事を紹介して貰えることかな。召喚士ギルドの場合、ギルドマスターがそれぞれの能力に応じた仕事を斡旋してくれる。

 手数料は引かれるけど、自分一人で仕事を探し回るよりずっといい」


「なるほど。ちなみに、そのギルドって一人一つしか入れないんですか?」


「場所によるね。魔法使いギルドと傭兵ギルドは両方入ってもいいけど、商人ギルドと傭兵ギルドの両方に入るのはダメ、とかある。お金が絡む話で、それぞれの利益を守るために線引きしてるんだ」


「そうですか……。わたしには難しい話かもしれません。お金のことも良くわかりませんし」


「かもね。ま、エリズは特に気にしなくてもいいことだから」


「はい。わたしはただ、ヴィーシャさんを愛することだけに全力でいます!」


「……はいはい」



 赤面しそうになるから、いちいち愛やらをぶつけようとしないでほしい。


 こっちのペースに合わせるつもり、あるのかな?


 

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