第6話 アピール
エレノアさんとエリズの握手が終わったら、私が
たまたま清掃した家で発見したということにエレノアさんは懐疑的だったが、事実としてそうなので他に説明のしようがない。
また、エリズから、
その人と相性の良い精霊がいた場合のみ効力を発揮し、その精霊を呼び出すこと。二人はどちらかが死ぬまで離れることができないこと。普通の召喚とは違い、召喚士が精霊に命令することはできないこと。それと、精霊は人間の子供を産むことができるし、相手の性別は問わないこと。
エレノアさんは興味深そうに聞いていて、それから、私とエリズが今後夫婦になるかもしれないことにも反対しなかった。
「精霊様と夫婦になれるなんて光栄な話じゃないか。性別なんて関係ない。そんな機会があって、それを拒否する方がどうかしている。むしろ私がエリズ様と結婚したいくらいだ」
とのこと。
状況説明が終わったら、パートナー登録書に私とエリズがサインをした。また、エリズが私のパートナーであることの証明として、首に紺のチョーカーをつけることになった。
これで、町の法律でも正式に私とエリズはパートナーになったし、他の人から見てもエリズが誰かのパートナーであることがわかるようになった。
「ヴィーシャが精霊ウンディーネ様とパートナー登録ね……。こんな大事件が起きるとは、流石に予想外だったよ……」
椅子の背もたれに体を預けながら、エレノアさんは悩ましげに溜息。この件における、今後の影響を考えているのだろう。
「私、エリズが精霊様であることは、秘密にしておいた方がいいですよね?」
「ああ、そうしてくれ。もちろん、わかる人にはわかってしまうことだが、そういう連中には事前に根回ししておく。それと、
「……ですよね。気をつけます」
「まぁ、精霊様が傍にいるなら、そう危険な目に遭うこともあるまいがね」
「ですね。ちなみに、エレノアさんは、狙ったりしませんよね?」
「精霊様を怒らせるような真似、するわけないだろ」
「……それを聞いて安心しました」
「召喚士ギルド内でも、この件は三人だけの秘密にしておく。当面はな。様子を見て、いずれギルド内では情報を開示していくかもしれないが」
「わかりました」
「エリズ様のことは、
「はい」
なかなか召喚できる存在ではないが、色々な召喚を試しているうちにたまたま成功した、と言い訳はできる。
「エリズ様も、今後誰かに名乗るときには、
「わかりました。そうします」
「ありがとうございます。……それで、ヴィーシャ。
エリズ様のお力を借りられるというのなら、今までのようにこざこざした依頼をこなす必要もない。
もっと稼ぎたいというのなら、そういう仕事も斡旋する。ただ、正体を隠すため、人目につかない仕事だけにはなる」
ああ、そうか。エリズが精霊様だというのなら、その力を借りて上級のモンスターを退治する依頼だってこなせてしまうわけか。
それで、楽して大金を稼ぐことも不可能ではない。
しかし。
「……いえ、私は自分自身の力でこなせる依頼を受けようと思います。身の程を越えた稼ぎは必要ありません」
「そうか。お前はそういうと思ったよ」
「ただ、エリズの能力を全く活用しないのも惜しいことだと思います。どうしてもエリズの力が必要なときには、遠慮なくおっしゃってください。エリズも、いざというときは協力してくれる?」
「ええ、もちろんです! ヴィーシャさんのためとあれば、万の兵にでも立ち向かって見せましょう!」
「……いや、戦争利用みたいなことはするつもりないから」
でも、ウンディーネであるエリズの力を使えば、本当に万の兵隊を相手にすることだってできてしまうのか。大抵の人類を越える圧倒的な力……。隣にいるのが、ただの女の子ではないことを再認識してしまう。
「……エリズ」
「なんでしょう?」
「先に、一つ言っておく。エリズが私のパートナーでいる限り、人を殺すことは禁止」
私の不安を読みとったのか、エリズがふわりと綺麗に微笑む。
「大丈夫です。わたしも、人殺しなんてしたくありません。……あ、でも」
「でも?」
「約束しますから、代わりにキスをしてください」
何を言い出すかと思えば……。
「そういう条件でキスはしない!」
「ふむ。キスをするなら、きちんと二人が気持ちを通わせたとき、ということですね?」
「そ、そうじゃないとは、言わないけど……。そういうの、あえて指摘とかしてこなくていいから!」
私が気まずい気持ちでいると、エリズはにんまりと笑う。
「ふふ? ヴィーシャさんがわたしと恋愛関係になることを想定してくださるのは、とても嬉しいことです。じゃあ、キスはまた今度でいいので、ハグしてください!」
エリズが私に向かって両手を伸ばす。
「ちょ、そういうのは二人だけのときにしてよ! 二人のときだったらいいってわけでもないけど!」
「いえいえ。エレノアさんにわたしたちの円満な様子を見せておくのも大事なことではありませんか? わたしは無駄に力を持っているので、人に対して友好的な存在であると、積極的にアピールするべきなのです!」
「そうかもしれないけど……」
エレノアさんの様子をうかがう。
「……私は余計な口は挟まないよ。好きにしな。これはもはや、パートナー同士、あるいは恋人同士の問題だ」
「……そうですか」
悩ましく思いながらも、結局はエリズの希望に応えることにした。
「……少しだけだから」
「はい!」
エリズをそっと抱きしめる。形も温もりも匂いも、ごく普通の女の子のように感じる。精霊様だと知っていなければ、そうと気づかないだろう。温かく、柔らかく、抱きしめているのが心地良いのは確か。
しばし抱き合っていたら、エリズが不意に私の首筋を舐めてきた。びっくりして体を離す。
「な、何!?」
「愛しさが募って、舐めたくなってしまいました。てへっ」
「てへっ、じゃないよ! 急にそういうことしないで!」
「急じゃなければいいってことですね?」
「急じゃなくてもダメ!」
「じゃあ、寝てる間にこそっと」
「それもダメだから!」
「ダメと言われましても、ヴィーシャさんが気づかなければとめようもないですよね?」
「そんなこと言うなら、寝るときは部屋を分ける!」
「ええ!? そんなの嫌ですよ! 寂しさでわたしを殺すつもりですか!?」
「だったら変なことしないで!」
「むぅ……。変なことじゃなくて、単なる愛情表現ですけど……。ヴィーシャさんがそこまで言うならやめます」
「……それでよし」
はぁ……。軽い溜息。エリズ、出会ったばかりの私に懐きすぎでしょ……。
「……相性の良い精霊を呼び出す
エレノアさんがしみじみと呟いているのが、妙に恥ずかしかった。
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