《百合》『夫婦の指輪』を使ったらウンディーネが嫁にきた!? とりあえずお友達から始めようね!?

春一

第0話 指輪

 まだ十二歳だったとき、私は森で美しい狼に出会った。


 淡い光をまとう雪色の体毛に、青玉せいぎょくの瞳がとても綺麗だった。


 そして、大人の何倍もある大きな体は圧巻。


 その巨躯きょくに驚きはしたものの、危険な存在ではないとすぐにわかった。その瞳には、優しい光が宿っていたから。


 後に、それは神獣と呼ばれる存在であったとわかるのだが、当時の私はそれを知らなかった。ただ、神秘的な生き物がいるものだと感動しただけ。


 その狼は人の言葉を理解し、話した。


 私はその狼と仲良くなり、たくさん言葉を交わした。


 日常のささやかなことや狼の過ごしてきた日々についてがほとんどで、人間と狼でありながら、普通の友達のように感じられた。


 狼と共に過ごす時間は楽しくて、とても幸せだった。


 そんな日々は長く続かず、一ヶ月ほどして、その狼はどこかへと去っていった。


 後で思い返せば、おそらく、狼は私のことを心配していたのだと思う。私があまりにも狼に懐き過ぎていて、人の中で生きることに支障を来すほどだったから。


 でも、そのときはとても悲しかったし寂しかった。怒りすら覚えていた。



『ヴィーシャ。君のことは忘れない。君のことだけは、この先何年経とうと忘れない。またいずれ、私たちの運命が交差する日にまみえよう』



 その約束を、私はずっと大事にしている。


 そして、狼が神獣の一種であると知ってから、私は神獣という存在に強く惹かれるようになっていた。


 世界各地で見つかる、神秘的で美しい存在。


 噂を聞くだけじゃなく、自分自身でその存在を確かめたい。


 いずれ世界を旅して、神獣たちに会いに行こう。


 そう決めた。


 そして、そうするうちに、またあの狼とも出会える。


 そんな気がしていた。


 *


 私が召喚士の力を発現したのは十歳のとき。


 単純な魔法ならば大抵の人が扱えるのだけれど、召還魔法を扱えるのはごく一部。私はそれが誇らしくて、何か特別な存在になれたような気がした。


 しかし、召喚士としての訓練をしていくにつれて、私には大した才能はなさそうだとわかった。


 召喚士が召喚するのは、別の世界にいると言われる霊獣や精霊たち。それぞれ色々な性質を持っていて、日常のサポートになるものから、戦闘に活躍するものまで、様々だ。


 才能のある召喚士は、戦闘で活躍する強い霊獣や精霊を召喚できた。


 一方で、私は日常のサポートになる弱い霊獣しか召喚できなかった。


 そのことに落ち込み、悩んだこともある。


 けれど、十六歳になった今では、私なりに召喚魔法を活用すればいいとも思えている。


 故郷を出てから二年。都会とも田舎とも言えないトゥーリアという町で、私は人並みに稼ぎながら生活ができている。それだけで十分といえば十分だ。


 悩ましいことがあるとすれば、今の私では、神獣を探しに行くのが困難であること。


 私には戦う力がないから、自由に世界を旅するなんて危険すぎてできない。


 護衛を雇うにも、今の稼ぎでは難しい。


 どうにかしたい、でもできない……。そんな気持ちを抱えながら、私は今日も召喚士ギルドで紹介された仕事をこなす。


 なお、召喚士ギルドは、召喚士だけが所属できる集まり。文脈によって人の集まりのことを現すこともあれば、建物のことを現すこともある。そして、仕事を斡旋してくれたり、各種相談にも応じてくれたりする。



「今日は、家の掃除か……」



 暖かな日差しが心地良い、春。


 長年放置された木造住宅の掃除が、今日のお仕事だ。取り壊しも考えられていた家だそうだが、格安で売りに出したところ、買い手がついたらしい。それで内部の清掃が必要になったので、私の出番となった。


 私は荒っぽいことが苦手な一方、細かい雑用は得意だ。掃除だってお手の物。


 東区にある廃屋のような家に到着したら、預かっていた鍵で入り口のドアを開け、まずは内部を確認。


 三階建ての一軒家は、一人で掃除をするにはかなり広い。それに、ずっと放置されていたせいで、汚れより傷みが酷い。普通に歩いているだけで床が抜けそうだ。


 本当にこれを誰かに売ってもいいのだろうか? 掃除よりも改築が必要な気がする。



「……その辺は私の考えることじゃないか。買い手だって中は見てるだろうし、必要なら改築するでしょ。……おいで影渡かげわたりの呂鼠ろそ



 召喚魔法を使うと、私の足下に魔法陣が出現。そこから、十匹の鼠型霊獣が現れる。黒いもふもふした毛に覆われており、普通の鼠より耳も大きめ。ぱっと見は、霊獣というより、愛玩用の小動物にも見える。


 私の足下できゅぃきゅぃと鳴く呂鼠ろそたちを見ていたら、思わず頬が緩んでしまう。


 その場にしゃがんで、呂鼠ろそたちを一匹ずつ撫でていく。柔らかな毛と温かさに癒される。



「今日も可愛いね、君たち……っ」



 呂鼠たちは撫でられるのが好き。キュッキュッとはしゃいで鳴く様も可愛らしい。


 誰も見てないし、と油断しながら、私は余計に頬を緩める。


 ……一応、これはただ呂鼠ろそたちを愛でて楽しんでいるのではない。呂鼠ろそたちのご機嫌取りでもある。こうやって可愛がってやると、霊獣はよく働いてくれるのだ。 


 そう、これはただ私がしたくてしているだけではなく、召喚士としての勤め……。


 ふふふふふふふふふふ……。


 ひとしきり撫で回した後、私は我に返って軽く咳払い。



「う、うんっ。……それじゃ、今日も宜しくね?」


 それぞれに雑巾などを渡して、掃除を手伝ってもらう。小動物が健気に働く姿にも惹かれるものがあり、ずっと眺めていたいとも思ったが、ぐっと我慢して私も働いた。


 十匹と一人で、家の隅々まで綺麗にしていく。


 そして、数時間経ち、終わりが見えてきた頃。



「……ん? 何か見つけた?」



 呂鼠ろその一匹が木彫りの指輪を発見し、私のところに持ってきた。何かの模様が彫られているけど、特に魔術的な雰囲気は感じない。本当に単なる木彫りの指輪らしい。



「……まぁ、盗むわけにもいかないし、依頼人に渡すかな」



 生真面目すぎるかな? 自分でも少し呆れつつ、掃除終了後、依頼人のおじさんに渡そうとした。


 しかし、そのおじさんも『こんな古びた指輪はいらないよ』と言うので、私が頂戴することに。私としても必要なかったけど、持っていてかさばるものでもないからと、家に持ち帰った。


 私の家は借家で、四階建て木造住居の三階。部屋に入ったら諸々の荷物を床に置き、リビングの椅子に座った。ふぅ、と一息吐いて、改めて指輪を眺める。



「……古いけど、意外と細工は凝ってるかな」



 派手なアクセサリーは私には似合わない。でも、こういう趣深いものは私にも似合うかもしれない。


 ものは試しと、指輪を左手の薬指にはめてみた。


 西の方の国では、ここに結婚の証として指輪をはめるらしい。私の住むトゥーリアではそういう風習はないが、話を聞きかじったとき、ちょっとだけ憧れたことがある。


 そして、これが、私の人生を大きく変えてしまった。


 指輪がキラリと水色の光を放ち、さらに、指輪を中心に魔法陣が浮かび上がる。緩やかな曲線が織り交ぜられた、芸術作品のように綺麗な陣だ。



「え? な、何? どうしたの?」



 何かまずいものを身につけてしまっただろうか?


 焦って指輪を外そうとするが、指にぴたりとはまって外れない。


 危険な雰囲気は、ないといえば、ない。


 でも、急にこんな反応をされたら怖い。


 どうしよう? やばいの? 大丈夫?


 無駄に焦って、一瞬キッチンの包丁に視線が行き、いやいや指を切り落とすとか自分じゃ無理、と思い直したところで。



「……人?」



 魔法陣が霧散し、私の目の前に可愛いらしい女の子が現れた。


 年齢は、私と同じ十五、六歳くらいだろうか。麗しい水色の髪は背中を覆うほどに長く、瞳は髪よりも深い青で深海を思わせる。


 童顔ではないが、顔立ちも目も柔らかな曲線で構成されていて、見ていると緩やかな気持ちになる。


 白銀のドレスはシンプルでありながらあか抜けていて、目の前の可憐な女の子の魅力を引き立てていた。


 この子は一体なんなのだろう? 普通の人間でないことは、容易に想像できる。少なくとも危険な感じがしないのはありがたい。

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