第1話 ウンディーネ

「あなた……何者?」



 問いかけると、水色の少女は可愛らしく首を傾げた。



「わたしは、水の精霊ウンディーネのエリズです。そういうあなたは、どちら様でしょう?」


「私は召喚士のヴィーシャだけど……え? ウンディーネ!?」



 水の上級精霊ウンディーネといえば、イーデリア王国内でも召喚できる人は何人もいない、高位の存在だ。当然、私のような平々凡々な召喚士が召喚できる相手じゃない。



「わたしはウンディーネですが、それがどうかしました?」


「どうかするでしょ!? どうしてこんなところにいるの!? いや……いるんですか!?」



 この子が本当にウンディーネだとしたら、ひざまずいて敬服の姿勢を示すくらいすべき相手だ。敬語は必須で、そもそもこんな気安く話しかけていい相手でもなくて……。



「どうしてここにいるかって……何を言っているんです? あなたが呼び出したから、わたしはここにいるのでしょう? あ、別に堅苦しい言葉遣いはいりませんよ。わたしはそういうの気にしないので」



 気安い性格なのかな? 精霊様って、もっと怖い存在だと思っていた……。


 それはそうと……。



「ええ……? 私が呼び出した……?」



 私が呼び出したというのなら、その原因はこの左手にはめた指輪の力だ。



「……もしかして、これってすごい魔法具だったの? って、あれ?」



 指輪をはめたとき、指輪は確かに木彫りの指輪だった。でも、今は青みがかった銀の指輪になっている。



「え? どういうこと?」


「あ、その指輪って、もしかして……」


「エリズ、何か知っているの?」


「わたしも噂程度にしか聞いたことがないのですが、もしかしたら、『夫婦めおとの指輪』と呼ばれる魔法具かもしれません」


「『夫婦の指輪』……? 何それ……?」



 私は初耳だ。



「簡単に言うと、自分に最も相性の良い精霊を召喚し、その精霊と婚約を結ぶ魔法具ですね」


「……え? 婚約? 結婚するってこと?」


「はい。そういうことです」



 エリズは平然と言っているけれど、これ、何か大変なことになってない?



「つまり、私とエリズが、結婚するの……?」


「ですね。あ、ほら、わたしの左手薬指にも同じ指輪が現れてます。これはもう、逃れられない運命ということですね。ふつつかものですが、宜しくお願いします」



 エリズが丁寧に頭を下げる。天下の精霊様だというのに随分と腰が低い。


 そして、その左手薬指には、確かに私がしているのと同じデザインの指輪。



「いやいやいや! 出会って早々結婚といか意味わからないし! そもそも女同士じゃん!」


「女同士だと、何か問題がありますか?」


「それはあるでしょ!」


「例えば? あ、もう恋人がいらっしゃいます?」


「……いない」


「想う人は?」


「……いない」


「良かったです! じゃあ、問題ないですね!」


「問題はそこだけじゃなくて……結婚って、普通は男女でするものだし……」


「どうしてです? 何か、男女じゃないといけない理由でも?」


「それは……まぁ、男女じゃないと、子供作れないし……」


「なら、子供を作れればいいってことですね! 安心してください! わたし、女性の子供でも産めますから!」


「はぁ!? そうなの!? で、でも、子供を作れればいいってわけじゃ……ない……のかな……?」



 ふと、子供を産めるなら別に男女で結婚しなくてもよくね? と思ってしまった。


 恋愛も結婚も、子供を産み育てるために発展したという一面があるとは思う。


 子供を産み育てなければいけない、という意味ではないとしても。


 ……えっと、よくわらからなくなってきた。


 それよりも。



「……女同士で、どうやって子供を作るのさ」


「精霊はそもそも存在自体が特殊で、実体はあるとしても、精神体といった方が良いです。魂そのものと言いますか? なので、ヴィーシャさんの魂をちょこっと分けていただいて、わたしの魂とくっつけてちょちょいっとこねくり回すと、わたしたちの子供が作れます」


「……あっさり言ってるけど、簡単に作れるものなの?」


「簡単ではないですよー。ちゃんと説明するなら、粘土をこねるように子供を作るわけではなく、二つの魂を融合させて、それをわたしのお腹でじっくり育てることになります。それに、そもそも魂を融合させるには、二つの魂が高度にシンクロしている必要があります」


「高度にシンクロって?」


「要するに、深く愛し合っている、ということです」


「……ああ、そう」



 非常に興味深い話ではあるのだけれど、聞いていて大変気恥ずかしいぞ。



「とにかく、わたしたちが愛し合えば子供は作れます。これで結婚も問題ありませんね!」


「……いや、でも……ええ……?」



 問題あるとかないとか、いやそれ以前に……それ以前になんだ? いや、ええ……?


 状況に頭がついていかなくて、変に思考が空回っている。


 平凡な召喚士の女の子が、精霊様と結婚……?


 そんなの、あり……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る