第2話 つれない

 状況はよくわからない。


 女性同士の結婚の可否についても、一旦置いておこう。


 たぶん、それよりも……。



「……エリズは、初対面なうえ、よく知りもしない相手と、いきなり添い遂げようなんて思えるの……?」



 問いかけると、エリズは腕を組んで、うーん、と唸る。



「流石のわたしも、初対面の相手と『さぁ結婚です!』と意気込むつもりはありません。そんな展開は戸惑います」


「……良かった。そう思える感性を持ってた……」


「けど、指輪の導きでせっかく出会ったのですから、結婚も視野に入れて交流してみるのは良いと思っています。

 噂によれば、夫婦めおとの指輪はそもそも魔法具としての効果を発動することさえ、稀なのだそうです。世の九十九パーセント以上の人は、指輪をはめても精霊とは婚姻できない、と。

 こうして巡り会えただけでも珍しいことで、きっと本当にわたしたちの相性も良いのだと思います。

 実際に結婚するかはまたゆっくり考えるとして。

 その指輪の効果がいかほどのものか、試してみたくありません?」



 エリズの瞳は、童女のようにキラキラと輝いている。好奇心を刺激されて、いてもたってもいられないという風だ。


 恋愛感情云々ではなく、好奇心をベースに私と付き合ってみるというのなら……私としても、悪くないかもとは思ってしまう。


 いきなりイチャイチャベタベタされても困るとしても、一緒に効果の検証くらいはしてもいい。



「……そういうことなら、拒絶する理由はないかな」


「本当ですか! ありがとうございます! ではでは、結婚も見据えながら、恋人未満友達以上くらいの関係を始めてみましょうか!」


「……うん。まぁ、それくらいならいいよ」



 エリズが私の両手を取り、ぶんぶんと大きく振る。本当に、おもちゃを見つけた童女みたいだ。



「なんだか楽しくなってきましたね! ヴィーシャさん! 最高のカップル、最高の夫婦を目指して頑張りましょう!」


「……そんなに張り切るつもりはないかな」


「ええ!? ちょっと冷めすぎですよ! こういうのは、思い切って全力で遊び倒す方が面白いことになるんです!」


「……だからって、いきなり乗り気になれるわけもないでしょ」


「もー、せっかくわたしみたいな可愛らしい精霊と出会えたんですから、興奮して浮かれるくらいしてもいいと思いますよ!」


「自分で可愛らしいとか言ってら」



 自己肯定感の高い精霊様だこと。



「わたしが自分を不細工だなんて言ったら、単なる嫌みにしかなりませんよ! 自分の容姿が美しいことくらい知ってます! っていうか、精霊なんて美しいのが普通ですからね!」


「はいはい。わかったから……。私だって、エリズは綺麗な子だと思う。変に謙遜されるよりずっといいよ」


「でしょ? まぁ、ヴィーシャさんも美しいですけどね!」


「……はぁ? 私が美しい? ……私なんて、そばかすだし、髪は真っ黒で癖毛だし、目つきも鋭いって言われるし……。綺麗なんて言われたことない……。」


「そうなんですか? ふぅん……人間の感性ってへんてこですね。ヴィーシャさん、とっても綺麗なのに、それがわからないなんて!」



 エリズの言葉に裏があるようには感じない。変に皮肉を言っているわけじゃなく、本心からそう思っているらしい。


 

「……エリズ、本気で言ってるの?」


「ええ、そうですよ。わたしが嘘をついているように見えますか?」


「……相手が精霊様じゃ、よくわからない。偉大なる精霊様なら、ちょっと嘘を吐くくらい簡単そう」


「わたしはこんなところで嘘など言いません! 美しくなければ、美しくないと正直に言います! ヴィーシャさんは美しいと思います!」


「わ、わかった、わかったから、無駄に顔を近づけないでよ……」



 深海の瞳が私を見つめる。美しいっていうのはこういう瞳のことを言うんだよって、反論したくなる。


 ……けど、もういい。不毛な言い合いをしたいわけではないのだ。



「わたし、ヴィーシャさんのお顔、好きです。わたしたちの子供は、ヴィーシャさんに似ると素敵だと思います」


「子供の話はまだ早いって……。それに、似るならエリズの方が絶対いいし……」


「いいえ。ヴィーシャさんに似た方が素敵です!」


「……強情だなぁ。もう、そう思ってればいいよ……」


「わかりました! そう思っておきます!」



 精霊って、皆こんな風に押しが強いのだろうか? 私はむしろ押しが弱いから、これからエリズのペースに飲まれてしまいそう……。



「私たちって、本当に相性いいのかな……? そんなに性格が合う感じでもないと思うけど……」


「それはわたしにもわかりません。でも、性格の合う合わないって、表面的に意見が一致するかどうかとはまた別ではありませんか?」


「それは……そうかも?」


「わたし、いつもヴィーシャさんに自分と同じことを考えていてほしいなどとは思っていません。別々の存在なのですから、別々の意見や考えがあって当たり前です。そして、別々の視点で見ているからこそ、世界は広がるのだと思います」


「……そうかもしれないね。エリズの言いたいことはわかるから……そろそろ手を離して」


 エリズは最後にむぎゅぅっと私の手を掴んだ後、名残惜しげに手を離した。


 近すぎた距離も解消され、落ち着ける距離感になる。



「これからわたしたちの関係がどう変化するか、楽しみです!」


「……そうだね。えっと、とりあえず、お腹空いたからご飯食べていい? 夕食まだなんだよ」


「どうぞどうぞ! わたしも食べますから、わたしの分もお願いします!」


「いいけど、精霊様って人間のご飯食べられるの? 精神体とか言ってなかった?」


「んー、精神体でもあるんですけど、肉体もちゃんとあるんですよ。詳しいことはわたしにもよくわかりませんが、とにかく食べられます」


「わかった。じゃあ、用意する」


「お代は体で払います!」


「か、体で!?」



 いきなり何を!?



「あ、何か変な想像しました? 体でっていうのは、労働で、っていう意味ですよ? 掃除とか、後かたづけとか? あと、わたし、精霊なりにそこそこ強いので、戦闘だってできます。ヴィーシャさんのためなら、ドラゴンだってぶっ飛ばしちゃいます!」


「……エリズって、ドラゴンより強いの?」


「並のドラゴンよりは強いです。古代竜エンシェントドラゴンより強いとは言えませんけども」


「……並のドラゴンより強いっていうだけですごいよ。そういうところは、やっぱり精霊様なんだなぁ……」



 接している感じは、ただの気のいい女の子。


 その実態は、並のドラゴンをぶっ飛ばせる精霊様。


 ……すごいなぁ、私のお嫁さん候補。平凡な召喚士にはもったいなさすぎるよ。


 本当に、私とエリズでは全く釣り合っていない。こんなんで夫婦とか無理でしょ……。



「……まぁ、いいや。とりあえずご飯ね」



 案外、早いうちに私たちの関係は終わるのかもしれない。それならそれで仕方ない。


 私たちがただの人と精霊様に戻ったら、この指輪はどうなるのだろう? 自然と外れる?


 エリズに訊いてみようかと思って、やめた。エリズは、「出会ったばかりで終わりの心配をするとは何事ですか!」などと言いそうだ。



「ヴィーシャさん」


「……何?」


「わたし、これからのことを考えるとワクワクします。呼び出してくださって、ありがとうございます」


「……お礼なら指輪にでも言っておいて。私は指輪をはめただけだから」


「つれない態度ですねぇ……。まぁ、ヴィーシャさんをわたしにデレさせてやるっていう目標もできますし、今はそれでもいいですけどね!」



 エリズがチロリと舌を出して唇をペロリ。優しげな顔立ちのくせに、肉食獣の微笑みを浮かべている。追われるウサギの気持ちになってしまった。


 やれやれ……。本当、これからどうなることやら……。

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