第30話 就寝前

 ベギフは人口一万人程度で、トゥーリアの半分程度の規模。ただ、町並みに大きな違いはなく、綺麗な木造の住宅が建ち並び、地面も石畳になっている。大通りなら道も狭くはないので、馬車のままで進んでも問題なかった。


 もう遅い時間だったので、道行く人に馬車を置ける宿の場所を教えてもらい、そこに向かった。


 宿に着いたら、店員の案内に従って、馬車を倉庫に納める。



「今日は一日ありがとう、ファル。また明日も宜しくね」



 ファルの労を労い、ご褒美として食事を与えたら、ファルを一旦元の世界に返す。ファルは元気にいなないてから去っていった。


 宿は三人部屋と二人部屋の二つに分けた。もちろん二人部屋はローナとルク用。


 二人は全員一緒の部屋でもいいと言っていたけれど、二人きりの方が嬉しいだろうことは明白だったので、そうした。明日、寝坊し過ぎないのなら好きに過ごしてくれればいいさ。


 食事やら就寝準備やらを済ませ、私、エリズ、ラーニャは三人部屋へ。


 今日はもう休もう……と思って端のベッドに寝ころんだら、当然のごとくエリズも入ってきた。相変わらずわたしの左側を譲らない様子。



「……エリズ、せっかくベッドは三つあるんだから別のベッドで寝たら? 家にはベッドが一つしかないから仕方ないけど……」


「ヴィーシャさんは、わざと素っ気ない態度を取って、わたしがむくれる様を見て楽しんでいるんですよね? わかってますわかってます。ヴィーシャさんの気持ちを誤解なんてしないので安心してください」


「いや、誤解っていうか……」


「わたしは一緒のベッドで寝ます! もうこれから一生ずっとそうです!」



 強引に話を打ち切ったエリズは、私に抱きついて離れない。それが嫌なわけではないけれど、人前でベタベタされるのは実のところ苦手だ……。こういうのは二人だけのときにしてほしい……。



「おやおや、とても仲が宜しくて結構ですこと。でも、あたしが寝ている隣であんまり激しいことをしないでくださいよ? 流石のあたしも、すぐ近くで艶めかしい音がしていたらゆっくり寝られませんからね!」



 ラーニャがからかってきて、気恥ずかしくなる。



「べ、別に、ラーニャが想像するようなことはしないから!」


「本当ですかー? ならいいですけどー」


「……そういうつもりなら始めから部屋は三つにしてるってば」


「次からはそれでいきましょうか? あたしは一人部屋でも平気ですよ!」


「それは余計な気遣い。せっかく一緒に旅してるんだし、ラーニャだけ一人にするのは嫌だよ」


「……まったく、そういう優しさが状況をややこしくするんですよ?」


「どういう意味?」


「なんでもないですー。ちなみに、せっかくですからあたしも師匠と一緒のベッドでもいいですか?」


「それはダメです!」



 エリズが鋭く言い放ち、ラーニャが肩をすくめる。



「おやおや、精霊様は独占欲が強いのですね」


「……かもしれません」


「精霊様であると同時に恋する乙女でもある、ということでしょうか? 仕方ないので、あたしはベッドを一つ独占して悠々と寝ますよ。あ、灯りももう消しますね」



 部屋には灯り用の魔法具が備え付けられている。それを操作して灯りを消してから、ラーニャもベッドに横たわる。ベッドは三つ並んでいて、真ん中のベッドが空いている状況だ。


 ちなみに、帽子やローブを脱いだラーニャは、何となく女性的なシルエットが浮かぶ黒い靄状態。就寝用の服を着ていなかったら、何かの魔物のようですらあった。黒影族こくえいぞくってやっぱり不思議な存在……。



「ヴィーシャさん」



 エリズが囁き声で私の名前を呼ぶ。



「……何?」


「わたしがヴィーシャさんを独占したいと思うの、変ですか?」


「……変ではないんじゃない? その……エリズが、私のことを、好きなら?」


「ヴィーシャさんのこと、好きです。この気持ちって、恋ですか?」


「わたしに訊かれても……。っていうか、エリズはそういう気持ちを持ったこと、今までなかったの?」


「はい。ありません」


「そうなんだ……」



 いわゆる初恋ということになるのかな?


 確かに、エリズが私に向ける感情が、出会った頃とは違ってきているのを感じている。


 当初は、なんとなく私に関心があり、一緒にいると安らぐくらいのものだった。


 それが、今は明確に好意になっていると思う。意味もなく私を見つめて幸せそうに微笑んでいることもあるし、自分で稼いだお金でプレゼントをくれることもある。声の調子や触れ合い方にも甘えた感じが混じる。


 この一ヶ月と少し、特別なことなどした覚えもないのに、エリズの中で私の存在は大きくなっているらしい。私の何がそんなにいいのやらって、いつも不思議だ。

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