第31話 こいばな
「ヴィーシャさんは、恋をしたことありますか?」
「……それは、まぁ、一度くらいは、そんな気持ちになったことも、あるような、ないような……」
「どんな相手でしたか? 聞きたいです」
「えー……? 私、そういう話は苦手なんだよ……」
他人の恋愛を眺めるだけならまだしも、自分の過去の恋愛事情を話すのは苦手だ。
「あの! 今から寝ようってときに、そんな面白そうな話をするのやめてください! 続ける気ならあたしも混ぜてください!」
ラーニャが控えめに叫んで、とてとてとこちらに歩いてくる。さらにはベッドにも入り込んで、私の右腕をぎゅっと抱き寄せた。
……ん? 今は実体があるのか。いつだったか、
「ラーニャさん! 勝手にヴィーシャさんの隣に来ないでください!」
「そっちが面白そうな話を始めるのが悪いんですー。恋バナしてるのに一人だけ仲間外れとか無理ですー。単純に一人で寝るのとは訳が違いますー」
なんだその基準は……。他人の恋愛事情なんてそんなに気になるもの?
「ヴィーシャさん、早くラーニャさんを追い出してください!」
「落ち着いてよ、エリズ……。気になっちゃうのは、まぁ、わかるんだけど、ラーニャのこれに深い意味はないし、そもそもラーニャだけ一人にしておくのも可愛そうでしょ? まだ十四歳だよ?」
「むぅ……。ヴィーシャさんの優しいところは好きですけど、今はその優しさが憎らしいです!」
「変な心配しなくていいってば。私はラーニャには恋愛感情とか持ってないし、そうなることもないでしょ。ただの妹って感じだよ」
「……何かの間違いでも、ラーニャさんを好きになっちゃダメですよ?」
「はいはい。だいじょーぶー」
冷静に見れば、私がラーニャに対して特別な感情を持っていないことはわかりそうなもの。焦る必要なんてない。……冷静になれないのが、恋って奴なのかな。
「……ちなみにですよ、ヴィーシャさん」
「何?」
「『ラーニャには恋愛感情とか持ってない』ということは、わたしに対しては少なからずそういう気持ちがあるということでいいんですよね?」
「な、何を言ってるの? 別に、今の言葉に深い意味とか、ないし……」
ない……のかな? なくは、ない?
私のエリズに対する気持ち……。
明確に恋と呼べるほどの感情はない……と思う。
けど、エリズが私以外の誰かと必要以上に仲良くなるのは嫌かもしれない。
エリズがもしいなくなっちゃうことがあれば、それは明確に嫌だな。ずっと一緒にいてほしいという気持ちは、少なからずあると認めざるを得ないのかもしれないと思わないでもない。
いやしかし、それはやっぱり恋よりも友情に近いような?
とはいえ、例えばエリズとキスをするとかも、嫌ではない、かもしれない。
少なくとも、キスをして嫌な気持ちになることもないだろう。
このくらいの気持ちでも、もしかしたら、それは恋だと呼ぶ人もいるのかもしれない。
私としては……どう、だろうね?
「……ヴィーシャさんに素直になってほしい気持ちもありますけど、素直じゃないヴィーシャさんも大変可愛らしいのですよね……」
「私は可愛くないから!」
「人間はよく、大好きな相手に向かって大嫌いと言ってしまうことがあるそうですね。そのちぐはぐさには、素直に気持ちを伝える以上の奥ゆかしさがあると認めざるを得ません」
「変な悟りを開くな! 私はそんなこじれた発言してない!」
「そういうことにしておいてあげましょうか」
「勝手に大人な対応決め込むな!」
私とエリズが言い合っていると、呆れながらラーニャが割り込んでくる。
「夜はお静かに、ですよ? いやはや、素直じゃない師匠もとっても素敵ですけど、そろそろ師匠の初恋の話を聞かせてください」
「その話をするなんて約束した覚えはないっ」
「じゃあ、あたしもお話しするので、師匠の話も聞かせください。あたしの初恋はですね……」
「あ、ちょっと、勝手に話を始めないでくれる!? 私も話さないといけなくなる流れじゃないの!」
「そういう流れにしているんですー。聞くだけ聞いて自分は話さないとかなしですよー」
ラーニャが愉快そうに初恋の話を続ける。聞きたくない……。聞けば私も何か話さないといけない感じになってしまう……。
しかし、ここで耳を塞いでしまうのも大人げないというか、ラーニャに悪いというか……。
ああ、もう!
やっぱりエリズと二人で来れば良かったかも!
心の内で叫びつつ、仕方なくラーニャの話を聞く。
恋愛話なんて、もう今夜だけにしてほしいもんだ!
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