第32話 ラーニャの話

 聞きたくもないのに聞かされたラーニャの初恋話によると。


 ラーニャは十一歳のときに、三つ年上のレティスという女の子に恋をしたらしい。


 私の周りには同性に恋する女の子ばかりなのか……と若干呆れたものの、ラーニャの場合は少し事情が違う。


 ラーニャと同じく、その年上の女の子も黒影族なのだが、黒影族は普段の状態が黒い靄なので、外見からは性別がわからない。また、声についても、明確に男性的だったり女性的だったりする人は少なく、声でも性別がわからない。


 そんな状況なので、黒影族は基本的に異性であることを意識して人を好きになるわけじゃない。その人の立ち振る舞いや性格を見て、人を好きになる。


 ラーニャも、特に性別を意識してレティスを好きになったわけではなく、才能豊かなところや、立ち振る舞いの格好良さ、優しい性格などに惹かれたらしい。


 レティスを好きになった一番のきっかけといえば、レティスがラーニャに花火の魔法を教えてくれたこと。


 十一歳当時、ラーニャはあまり魔法の制御が上手ではなくて、頻繁に魔法を暴発させてしまっていた。


 そのことで同年代の子たちからはからかわれたりバカにされたりした。しかし、レティスだけは、ラーニャの魔法の暴発にちょっとした可能性を見いだした。



『制御するんじゃなく、いっそ思いっきり爆発させちゃえば、すごく派手で綺麗な魔法になるんじゃない?』



 それは単なる慰めではなかった。妙な話だが、レティスはラーニャに『上手な暴発のさせ方』を教えてくれた。


 最低限、危険はないように。しかし、内包する魔力を遠慮なくぶちまけて、滅茶苦茶でド派手な一発を放つ。


 普通の魔法使いなら絶対やらないような訓練を続けて、ラーニャは花火の魔法を身につけた。


 まともに戦闘に使える魔法ではない。威力の調整もできないし、一日に何度も使えない。


 しかしながら、その魔法はド派手で愉快で痛快。とある夜、黒影族の里の空にぶち上げた花火には、里の人全員が度肝抜かれたし、感動もした。


 レティスと花火の魔法を作り上げるまでに、ラーニャはレティスのことを心底好きになっていた。


 しかし、残念ながら、レティスにとって幼いラーニャは恋愛の対象になる相手ではなかった。好きだと告白はしたものの、その気持ちに応えてはくれなかった。


 恋は破れたものの、レティスと花火の魔法を練習するうち、気づいたらラーニャは魔法の制御もかなりできるようになっていた。


 理由はよくわからない。そもそも、本当は特別に魔法の制御が苦手なわけではなく、地道に訓練すれば問題なく克服できる話だったのかもしれない。


 ただ、変な苦手意識を持たず、地道な訓練を続けられたのは、レティスが新しい可能性を示してくれて、一緒に訓練してくれたから。



「……レティスに対して、今はもう、恋愛感情は持っていません。今でも好きですけど、恋人になりたいとかではないんです。

 永遠の憧れ……とでもいうんでしょうか。大袈裟に言うと神様みたいな感じです。恋をする相手ではなく、胸の内に秘めることで力に変えていく存在……。

 初恋は実りませんでしたが、あたしにとってはとても大事な思い出です。一生、忘れることはないでしょう。あんな恋ができて良かったと心から思います」



 ラーニャの話が終わってしまった。


 単に聞くだけで良ければ、いい話を聞いたと思えただろう。


 でも……。



「さ、次は師匠の番ですよ! 初々しい初恋の話を聞かせてください!」



 実体のあるラーニャが私の右腕をぎゅぅっと抱きしめる。逃げ場などないのに、話すまで逃がさない、と言わんばかりだ。



「……どうしても話さないとダメ?」


「当然です。あたしの話だけ聞き逃げは許しません!」


「……別に面白くもなんともない話だよ」


「それは聞いてみないとわかりません! さぁさぁ! どんな女性に恋をしたんですか!?」


「なんで相手が女性だって決めつけてるの?」


「え? 師匠ってそういう人でしょう? エリズさんといつもイチャイチャしてますし」


「……別にイチャイチャはしてない」


「ずっと手を繋いでますし、どこに行くのも一緒ですし、これをイチャイチャと言わずになんと言うのです?」


「……知らない。ああ、もういい。私の初恋ね、はいはい……」



 真っ暗な部屋に、私の溜息が溶けていく。


 私の過去なんて聞いても面白くないだろうに、何がラーニャを駆り立てるのか……。ラーニャだけじゃなく、エリズもか……。



「私の初恋は……十二歳のとき、だったかな……。まぁ、当時はそれが恋だと認識してたわけじゃなくて、後になって考えると、あれは恋だったのかなって思うようになったっていう話なんだけど……」

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