第20話 気持ち
私とエリズが表通りに戻ってきたときにも、相変わらずローナとルクはイチャついていた。……要するに、楽しげに談笑していた。
声をかけるのをためらい、ゆっくりと近づいたところでローナが私たちに気づいた。
「良かった。エリズも落ち着いたみたいだね」
「……うん。まぁ」
「もう大丈夫です! お待たせしてごめんなさい!」
「気にしないで。休みの日にまでせかせかしても仕方ない。それじゃあ、皆揃ったところで軽く食事でもしようか」
ローナが先導し、ルクはその隣を歩く。私とエリズは後ろをついていった。
このままこそっと退場してしまってもいいのかな……なんてことも思ったけれど、もう少し一緒にいると良いものが見られそうな予感もある。大人しくついていくことにした。
到着したのは、出店が並んだ大通り。昨夜のように豪華な食べ物とは打って変わって、手頃で馴染み深いものが揃っている。
その中で、パン、串焼き、スープなど、各自が好きなものを購入し、近くの広場に持って行った。
広場には誰でも利用できる休憩スペースがあり、いくつか設置されているベンチのうちの一つに、四人で腰掛ける。ここでも、エリズ、私、ルク、ローナの順に。
さて食事を摂ろう、というところで、ローナが広場に五歳くらいの女の子を発見。町の治安は悪くないとはいえ、あの年頃の子供が一人で歩いているのは珍しい。親とはぐれたか何かだろうか。
「先に食べてて」
ローナはそう言い残して、その女の子のところへ向かう。それからその子と何かを話していたが、その声は聞こえなかった。
「迷子かな?」
私が誰にともなく尋ねると、ルクが曖昧に頷く。
「かもしれませんね。みすぼらしい身なりをしているわけでもないので、孤児とかでもなさそうです。親とはぐれたか、家に残っているように言われたのに出てきてしまったか……」
「詳しくは後でローナに聞けばいいかな」
「ですね」
ローナが女の子の手を引いてどこかへ向かう。帰ってくるまでは少し時間がかかりそうだ。
……丁度いい機会。ルクに色々と訊いてみよう。
「あのさ。ちょっと気になったんだけど、ルクって……」
「私、ローナさんが好きですよ」
私が尋ねる前に、ルクが答えた。
「……あ、そうなんだ」
「はい。好きです。ずっと、ローナのことが好きです」
ルクの頬が少し赤い。堂々とした好意の表明だったけれど、恥じらいはあるらしい。
「……それ、ローナには伝えたの?」
「……そんな簡単に伝えられるわけないじゃないですか。私たち、女同士ですよ? 男女間の恋愛でもなかなか伝えられるものではないのに、同性同士ではもっと難しいことです」
「それはそうか」
私とエリズは特殊な出会いをしたので、その困難に苦しむことはなかった。しかし、一般的には同性に好意を伝えるのはとてもとても難しいことなのだ。
「……ヴィーシャさんは、私の知らないローナさんの一面を知っていますよね? その……ヴィーシャさんから見て、私がローナさんと恋人になることって、できると思いますか? 私の気持ち、伝えてもいいと思いますか?」
昨夜、ローナからもルクが好きだって相談されたよ。
率直にそう伝えてしまえば簡単な話。二人は晴れて恋人同士になって、これからもより一層仲良くしていくことだろう。
ただ、これを私から伝えてしまうのは……味気ないようにも思う。
ろくに恋愛経験もない私が言うのもなんだけど、勇気を持ってきちんと想いを伝えるのは、恋愛において大切なステップなのではなかろうか。
「……私だって、ローナのことを全部知ってるわけじゃない。むしろ、知らないことの方が多いよ」
「はい」
「私の知る限り、ローナは気さくで優しい人。迷子なんか見つければ、すぐに駆けつけちゃう」
「はい」
「ローナがルクに対してどんな想いを抱いているのかは、私も知らない。今日見てきた感じだと、ローナもルクのことを大切に思っているみたいだった。誰にでもある程度優しいローナだけど、ルクに対する接し方は特別にも見えた」
「……そうなんでしょうか」
「二人なら上手くいくよって、気軽には言えない。
ただ、ルクが気持ちを伝えたとして、ローナがその気持ちを無闇に拒絶することはない。
それに、ローナにルクに対する特別な感情がなかったとしても、ルクの気持ちを知って、ローナの気持ちが変化するかもしれない。ルクのこと、特別な存在として見るようになるかもしれない」
「……はい」
「もし、ローナがルクの気持ちに応えられないと思ったとしても、それで二人の関係が壊れることもないと思う。今まで通りではいられなくなっても、友達としての新しい関係、築いていけると思う」
「……はい」
「だからまずは、気持ちを伝えてみればいいんじゃないかな。そうやってわざわざ私にその気持ちを教えたってことは、今すぐでもローナに伝えたいくらい、気持ちは溢れているんでしょう?」
「……はい。そうです。私、ローナのこと好きすぎて、頭がおかしくなりそうです」
いつの間にやら、ルクが顔を真っ赤にしている。狐耳も、尻尾も、忙しなく揺れている。
「それなら、気持ちを伝えてみればいいよ。少なくとも、悪いようにはならないよ」
「……はい」
ルクがしっかりと頷く。陽光に煌めく桃色の髪がさらりと揺れた。その体全体が淡い光を放っているようにも感じられて、恋する乙女の麗しさをこれでもかと見せつけられる気分。
……ふむ。どうやら、昨夜奢ってもらった食事代分の仕事は終わったようだ。
できればルクの告白シーンも見ていきたいところだけれど、それは流石に野次馬根性で見届けるものではなかろう。
ルクとの話が一段落したところで、エリズの方を見る。
エリズは、よくできました! とばかりににんまりと微笑んでいる。余計なことを言わなかったエリズにも、よくできました、と言いたいところ。もっとも、エリズは場違いな発言をする子ではないので、心配はしていなかった。
程なくしてローナが戻ってきた。
「お待たせ。あの子、買い物に出たお母さんがなかなか帰ってこないって、探しに出たらしくてさ。でも、家まで送り届けたところで丁度お母さんがいたから、もう心配いらないよ」
それを聞いて、私としても一安心。
ローナがルクの右隣に移動し、一旦置いていたパンを手に取る。皆も揃ったことだし、遠慮なく食事を再開……。
「ローナさん。私、あなたが好きです」
ルクがいきなり口走って、この場の空気が固まる。
それ、今伝えるんか……。
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