第21話 逃亡
唐突過ぎる告白に、ルク以外の三人が固まってしまう。
私とエリズは、先ほどの会話の流れから一応の心構えはあった。しかし、完全に不意を突かれたローナは、状況を理解できていない。
「……え? ……んん? 今、何か言った?」
聞こえていなかったはずはない。それくらい、ルクの言葉ははっきりしていた。
でも、ローナは想い人であるルクからそんな言葉が出てくるとは思っておらず、困惑しているのだ。
それをちょっとした拒絶の意味合いで受け止めてしまったか、ルクがあわあわしながら言葉を続ける。
「あ、いや、な、何でもないですよ!? 私は何も言っていません! なんでもないので、今のは忘れてください! 本当になんでもないので、これからも良き仲間として仲良くしていきましょう!?」
ルクはそれでいいの? せっかく想いを伝えたのに、なかったことにしちゃっていいの?
それでいいはずがない。いきなりの告白は、それだけずっと強い想いを抱いてきた証拠だろう。
「……そ、そっか」
おいおい、ローナよ。言葉はちゃんと聞こえていたし、ルクの慌てぶりからその気持ちも察せられるでしょ。そっか、じゃないよ。
「うんうん! 今の、なしです! なんでもないのです! さぁ、ローナさんも戻ってきたことですし、ご飯を食べましょう!」
「……そうだね」
二人の気持ちを知っている私からすると、なんでこの二人はこんなもどかしいやりとりをしているのかと呆れてしまう。
ルクに告白されて、ローナは心底嬉しいはずなのに。私も好きだよって今からでも伝えればいいはずなのに。
二人は本当にルクの言葉をなかったことにしたみたいに、黙々と食事を始める。お互いに冷静な判断をできていない。
やれやれ。
両想いだからこそすれ違うことも、世の中にはあるらしい。
ルクはローナを好きすぎて、ただの戸惑いを拒絶と勘違い。
ローナもルクが好きだからこそ、いきなり好き相手から告白されたことで冷静さを失った。
左隣のエリズと視線を交わす。エリズは苦笑しながら肩をすくめた。
「ヴィーシャさん。背中を押すくらい、してもいいのではないですか?」
「……そだね」
このまま変にすれ違って、結ばれるべき二人が結ばれないなんて看過できない。
「ねぇ、ルク。今の言葉、本当になかったことにしちゃってもいいの?」
元々赤かったルクの顔が、さらに赤みを増す。
「な、何を言っているんですか!? 私は元々何も言っていませんよ!? 白昼夢でも見ていたのではありませんか!? 私は、本当に、全然、何も言っていませんし、何も思っていませんし!?」
ルクの抗議を無視して、今度はローナに語りかける。
「ローナ。ルクが本当はどう思っているか、ローナならわかるよね?」
ルクがローナを好きだということも、その想いをちゃんと伝えたかったことも。
告白を、なかったことになんかしたくないことも。
ローナが一瞬目を伏せて、それからすぐに顔を上げる。
「ルク」
「ひゃい!? な、なんですか!? 私は何も言っていませんし、ローナさんが何かを思う必要もありませんよ!?」
「……じゃあ、一つだけ、言わせてほしい。ずっと、ルクに言いたかったことがある」
「……聞きたくないです」
「それでも、今は聞いてほしい」
「嫌です」
「ルク」
「嫌ですぅううううううううう!」
ルクがパンを握りしめたまま逃げ出した。魔法使いのはずなのに、獣人としての身体能力の高さがあるのか、実に足が速い。
「ルク!?」
ローナが手を伸ばすが、もちろん届きはしない。
「……追いかけなよ」
「……うん。ごめん」
ローナが立ち上がり、ルクの逃げ出した方に向かって走っていく。ローナもなかなかの身体能力を誇るので、いずれルクに追いつくだろう。
二人が去って、取り残される私とエリズ。
そして、ニマニマ顔のエリズが言う。
「演劇もいいですけど、実際の恋愛模様を見届けるのもワクワクしちゃいますね!」
「……エリズは自分に正直過ぎ。ま、上手く行きそうな恋愛模様を見届けるのは、私も好きだよ」
「幸せになってほしいお二人です」
「だね」
「わたしも早く幸せになりたいです。ヴィーシャさんと」
「……ふぅん」
「あ、素っ気ない返事! そういう態度を取るときは、内心では結構嬉しがってるって、わたしにはお見通しですからね!」
「……それ、勘違いだから」
勘違いということにしておかないといけないことだから。
「もう! 他人の恋愛には冷静に口出しするくせに、自分の気持ちには素直になれないんですから! でもそういうところが可愛いです!」
「……私は素直だし、可愛くもないから」
ふぅ、とエリズが悟りを開いたような溜息。
「そんなヴィーシャさんも好きですよ」
「……好きになるのは自由だよ」
「はい。なので、わたしはこれからもヴィーシャさんの可愛いらしい素っ気なさに悶えて続けます!」
「……好きにすればいい。エリズの気持ちは、エリズのものなんだから」
ローナとルクがなかなか戻ってこない中、エリズと食事を続ける。
せっかく買った色々なものが置きっぱなしになっていて、もったいないな。
「ヴィーシャさん、それ、わたしたちで食べちゃいましょうよ。二人が戻ってきたら、また新しく買い直せばいいんですから」
「……そだね。エリズはまだ食べられる?」
「本気出せばあと三人前くらいいけます!」
「そうなの? エリズって意外と食いしん坊なんだ」
「まぁ、人間とは食欲のあり方が違いますから、食べようと思えばたくさん食べられるという感じです」
「そ。じゃあ、エリズが多めに食べてよ。私、そんなにたくさんいらないから」
「ふふ? わかっていますよ? 自分は食欲がないアピールをしながら、本当は単にわたしのために気を遣ってくださっているんですよね?」
「ち、違うから! 本当に単純に、そんなにいらないっていうだけ!」
「ふふふ?」
「変な笑い方するな! 私は別にエリズに気を遣ったわけじゃない!」
「慌ててるヴィーシャさんも可愛いです」
「可愛い可愛いうるさい! もう、さっさと食べて!」
置きっぱなしになっていた串焼きをエリズに押しつける。ニマニマ笑いが最高にうっとうしい。
「あ、さっきの発言、少し訂正します」
「……何の発言?」
「早く幸せになりたいです、と言ったことです」
「何を訂正するって?」
「わたし、もう既に幸せでした。なので、ヴィーシャさんともっともっと幸せになりたいです、に訂正します」
「……はいはい」
エリズはこっぱずかしいことを言い過ぎだ。それをほぼ全部聞かされる身にもなってくれ。
「……エリズなんて嫌いだ」
「不思議ですね。好きだって言われるより、嫌いだって言われる方がぐっときます。照れ隠しの中にある確かな好意に心が震えます」
「エリズはもう黙って食べてなさい!」
エリズと会話するのをやめて、私も残されていたスープを口に流し込む。
エリズの方は見なかったけれど、エリズがずっとニマニマしているのがわかってしまって、非常に腹立たしかった。
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