第26話 だから
食事を終えて、旅の計画や今後の動きについても相談した後、ローナとルクを残して部屋を後にする。二人は同棲を始めているそうで、近々どちらかの家に家具や荷物をまとめる予定だそうだ。
また、結婚式については直近で挙げるつもりはないそうで、神獣探しの旅が終わってからにしようという話になっている。
ちなみに、今回は蒼幻の鹿を見に行くが、今後も継続的に神獣探しの旅をするつもりだというのも伝えた。三人とも同行するつもりらしく、どこに行くにしても賑やかな旅になりそうだった。
「それにしても、ローナさんはルクさんと恋人同士で、ヴィーシャさんはエリズさんと恋人一歩手前なのですよね? 旅には同行したいですけど、あたしだけ少し寂しい感じです」
既に日も落ちた帰り道、ラーニャが溜息と共にこぼした。
魔法の街灯に照らされるその姿は相変わらず黒い靄なので、表情はいまいちわからない。
ちなみに、食事の時は黒い靄の中に食材が消えていった。実体はないが、食料を消化する機能はあるらしい。不思議。
「恋人云々は……私には何とも……」
「ヴィーシャさんは渡しませんからね! 恋人は他で作ってください!」
エリズが腕を組んできて、必要以上に密着してくる。嫌ではないけどやめてくれ。
軽く振り払おうとしても、エリズはがっちりと私を掴んで離さない。……もう好きにすればいい。
「仲良しさんの関係を壊すような真似はしませんよ。ただ……人肌恋しいとき、手を繋いでもらうくらい、いいですか?」
私が何かを言う前に、ラーニャが私の手を握ってくる。その手にも実体がないようで、強めに握るとぐしゃりと潰れてしまう。痛がる様子はなく、力を抜くと元に戻るので、私たちとは体の構造がまるっきり違うようだ。
それにしても、左にエリズ、右にラーニャ、か。
私の人生、いつの間にこんなにモテモテになったのかね?
「……むぅ。わたしのヴィーシャさんなのに」
「別に盗るつもりはないですよ。師匠と弟子の気安いスキンシップです」
「……ヴィーシャさん。わたしの勘が告げています。ラーニャさんを放っておくときっと良くないことが起きます。今のうちに毅然とした態度で距離を取ってください」
「……エリズ、落ち着いて。女同士でそうそう恋愛感情が生まれることはないって。ちょっと手を握らせるくらい構わないでしょ。
ラーニャはまだ十四歳で、さっき聞いた話だと自立して生活を始めたばっかり。他人を求める気持ちだってあるでしょうよ」
「むぅ! ヴィーシャさん、将来の妻よりも出会ったばかりの女の子を大事にするというのですか!?」
「エリズのことだって大事にしてるでしょ? ずっと一緒にいるし、手も繋いでる。これからもそうするつもりでいるんだから、それで十分じゃないの」
「本当にわたしを大事だと思っているのでしたら、ちゃんと恋人として付き合ってくださいよ!」
「そういうのはまだ早いって」
「じゃあ、いつならいいんですか!?」
「そういうのは事前に時期を決めるものでもないでしょ? そのときが来たら、だよ」
「ヴィーシャさんは意地悪ですね!」
「エリズが焦りすぎなだけ。それとも、エリズは、私が独り立ちしたばかりの女の子をほったらかしにする人であってほしい?」
「……その質問も意地悪です」
エリズが不満げに私との密着を強くする。そんなに不安にさせることをしているかな……?
一応、多少は安心させる言葉を言っておくべき、なのかな。……あまり、気乗りしない、けれども……。
「エリズ」
「なんですか」
「……わ、私だって、エリズのことは、好ましく思っているし……エリズ以外の誰かと、一線を越えて仲良くなるつもりもない……。でも、エリズとの関係を全てに優先して、他の人のことを考えられない人にもなりたくない。
私は……エリズとずっと一緒にいることになるだろうなって思ってる。エリズが心配するようなことは、何もない。だから……エリズは、ゆったり構えていればいいよ」
今が夜で良かった。頬が熱くなっているのも、たぶん、エリズにはわからない。
「……ヴィーシャさんはずるいですね。そうやってたまにわたしへの好意をちらつかせてくるから、余計にキュンとしちゃいます」
「……しなくていいから」
「もう! わかりました! わたしだってヴィーシャさんに綺麗な心を失ってほしいわけではありません! そのままでいてください!」
「ありがと。わかってくれて」
両手が自由だったらエリズを抱きしめているところ。でも、右手がふさがっているので、エリズの体を引き寄せるだけにした。
「……なるほど。お二人も本当に仲良しさんなのですね。いやはや、あたしも早く恋人が欲しくなってしまいましたよ」
ラーニャが溜息を吐いて、続ける。
「それにしても、精霊様に対して本当に対等な態度で接するなんてびっくりですよ。ヴィーシャさんは、エリズさんからにじみ出る清浄すぎる魔力、感じませんか?」
「……ごめん。私、基本的にあんまり魔法の才能ないから、他人の魔力とかいまいち感じ取れないんだよ」
「……ああ、なるほど。だから、あなたなんですね」
「どういうこと?」
「それなりに力のある召喚士や魔法使いは、精霊様の強さを感じ取ってどうしても萎縮してしまうものです。
でも、それを感じ取れないヴィーシャさんだからこそ、エリズさんが望む対等な立場で接することができるのです。
もしかしたら、ヴィーシャさんは召喚士として大きな力を持たないことを嘆いたこともあるかもしれません。
しかし、そのおかげでヴィーシャさんはエリズさんと出会えましたし、特別な仲になれたのでしょう。
ついでに、持ち前の優しさや清廉さも相まって、ヴィーシャさんは、エリズさんにはとても魅力的な人。
まさしく、お似合いの二人ですよ」
……そうなのかな。
確かに私は、召喚士としての非力さを嘆いたこともある。今では自分のあり方を受け入れているとしても、始めからそうではなかった。
私が私であるからエリズに出会えたというのなら……改めて、私は私であって良かったと思う。
「……ラーニャの言う通り、なのかもね。まぁ、私が優しくて清廉かどうかはさておくとして……」
「ま、あたしは本当にお二人の仲を引き裂く真似をするつもりはありません。強いて言えば、弟子というか、妹というか、そういう立ち位置で交流できればいいなと思います。幸せになってくださいね」
妹、か。私には一人姉がいるけれど、妹はいない。妹がいたら楽しいかな、と思っていたこともあるから、そういう関係になれたら面白いかもしれない。
「……ほどほどの距離感で、これから宜しく」
「はい。こちらこそです!」
それから、まずはラーニャを家まで送り届け、私とエリズも家を目指す。
エリズは相変わらず私にべったりで歩きにくかった。
引き離す気は起きなくて、その温もりにほんのちょっぴり愛しさを感じながら、ゆっくりと歩いた。
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