第25話 贅沢
ルクの家は、私と同じように集合住宅の一室。ただ、私の部屋より少し広い。また、内装も可愛らしく華やかな家具が揃っていて、女性としての差を感じてしまう。
私も多少は女性らしさを意識した部屋づくりが必要……?
夕食は、ルクとローナが協力して手際よく用意してくれた。遠征に出ているときはもちろん、日常的にこうしてお互いの部屋に出入りしており、その際には一緒に食事を用意することもあったらしい。
恋人として付き合い始めたのは昨日。しかし、その関係は既に熟年の夫婦。いっそ、どうして今まで付き合っていなかったのかと不思議に思ってしまう。
食事の準備が終わり、全員で食卓を囲む。
食事を開始しつつ、改めてエリズのことを三人に紹介した。
「このことは誰にも内緒にしてもらう必要があるんだけど、エリズは
さらっと告げると、私とエリズ以外の三人の手がとまる。
「はぁ!? 水の精霊ウンディーネ!?」
「せ、精霊様だったのですか!? そそそそんな、今まで友達みたいに接しちゃいましたけど!?」
「……なるほど。その不思議な波長の魔力……精霊様でしたか……」
ラーニャだけはかなり落ち着いているけれど、ローナとルクは驚愕の表情。
「えっと、エリズは精霊様だけど、そのことはあまり意識しないでいいみたい。普通の女の子と思ってくれて構わないよ」
「はい。ヴィーシャさんの言う通り、わたしのことは精霊でもなんでもなく、ただのエリズとして接してください」
「精霊様を……ただの人と同じように扱う……?」
「なんと恐れ多いお話です……。不興を買って町一つ滅ぼされたりしませんか……?」
召喚士や魔法使いにとって、精霊様は尊く崇高な存在。力を借りられればもちろん心強い代わり、逆に敵に回してしまえば至極恐ろしい。一般的な感覚でいえば、決して関わらないのが賢い選択だ。
「まぁ、エリズは特殊だから。人の世界に害をなすようなことはしないよ」
「はい。確かにわたしには人を越えた力がありますが、その力を破壊のために使うつもりはありません。
そもそも、わたしはちょっと人よりも強力な魔法が使える程度で、中身は人間とさほど変わりません。だから、変に敬う必要もありません」
エリズの笑顔には、人間に害をなそうという意志は全く感じられない。私はそれを信じているし、エリズの人柄からして人間を害するとも思えない。
「このことは、ローナたちだから話した。まぁ、ラーニャについては、正体がばれそうだったから仕方なくだけど。
とにかく、エリズが精霊様だってことは、誰にも内緒ね。下手に広まるとエリズはこの町に居辛くなるだろうし、エリズを利用しようとする連中まで現れるかもしれない。
平穏な生活のために、誰にも内緒でお願い」
ローナたち三人が頷く。ただ、気安い雰囲気ではなく、まだ緊張している。
「……まぁ、すぐに友達として接しろって言っても難しいかな。皆、少しずつ慣れてくれればいいよ」
ローナたちが再び頷く。
そして、ローナとルクが顔を見合わせる。
「……エリズには何か不思議な気配を感じていたが、こういうことだったんだな」
「ですね……。翠星族にしては随分と内包する魔力が多そうでしたが……精霊様だというのであれば納得です」
「うん……。ただ、正体がどうであれ、中身があのエリズであるのなら、下手に気を遣うのも良くないか……」
「変に低姿勢でいる方がエリズさんとしては寂しいのでしょうね……」
うーん、とローナとルクが唸る。
それから、ある程度自分たちの中で納得したのか、ふっと気を抜いた顔でエリズを見る。
「エリズが精霊様だというのには驚いたが、まぁ、そのことはなるべく忘れて接していくよ」
「精霊ウンディーネ様としてではなく、エリズさんとして、お友達になりましょう」
「はい! それでお願いします!」
良かった。エレノアさんと違い、ローナとルクはエリズをエリズとして受け入れることにしてくれた。壁を作られることをエリズは望んでいないので、二人にはずっとこの姿勢を貫いてほしい。
そして、最後にラーニャも言う。
「当人が望むのでしたら、あたしも対等の存在として接していきます。これからは関わることも多いでしょうから、良き友として仲良くしていきましょう」
「はい。ラーニャさんも、仲良くなりましょう!」
重要な話は終わり、食事を再開。
その間に、私とエリズの出会いや、
夫婦の指輪についてはこの三人も知らなかったようで、エレノアさんの知識の広さに感心するばかりだった。
「エリズが精霊様だっていうのはわかったけど……そうなると、わざわざ護衛なんて必要なかったかもな」
ローナがそう言って、ルクが、でも、と続く。
「護衛は必要ないかもしれませんが、四人で旅をするのも楽しそうじゃありませんか。一緒に行きましょうよ」
「ん。そうだね。それにしても、まだ目的を聞いてなかったな。ヴィーシャ、どうしてわざわざジュナルの森に行くんだ?」
「……ジュナルの森の深部には、神獣の
ジュナルの森にどんな危険があるかもわからないし、そもそも神獣自体も危険な存在なのかもしれない。でも、精霊のエリズがついてきてくれれば、そうそう危ない目に遭うこともないはず」
「
「神獣に会って、何かするのでしょうか?」
「ううん。しない。ただ、この目で見たいだけ。可能なら触れてみたいとも思う」
私の素直な願望を聞いて、ローナとルクがきょとんとする。
「神獣に会うためだけに、わざわざ遠くまで……」
「それはまた贅沢なお話ですね……」
「……うん。まぁ、私の目標なんてたったそれだけのものだから、無理してついてこなくても……」
「いや、行くけどさ」
「神獣に会うこと自体はお金にならないでしょうが、面白い試みです。私だって興味はありますよ。何せ、神獣を実際に見たことがあるのは世界でもごく僅かな人たちのみ。私だって見てみたいとは思いますよ」
「いいの? 自己満足の旅だよ?」
「自己満足でいいじゃないか。何かの利益を求めて行動するばっかりじゃなくて、無益でも自分のしたいことをする……。実に幸せなことだよ」
「そうですよ。何か得るものがあるからやる、ということばかり考えていると、自分が本当に求めているものを見失ってしまうものです。……子供を作らないのなら結婚をする意味もないだなんて、ヴィーシャさんはそんな寂しいことは言わないでしょう?」
「……うん。そうだね」
ルクの表情が、少しだけかげっていた。愛しい人と結ばれる喜びを感じながらも、そういう面では思うところがあったらしい。
自己満足で人生を終わらせるべきではないとしても。
自己満足を求めることだって、悪いことではない。
「……あの、ちょっといいですか?」
ラーニャが挙手。
「ん? 何?」
「あたしも神獣を見てみたいです」
「……うん?」
お留守番要員としてラーニャを召喚士ギルドに招き入れたのに、ラーニャもついてきたがっている?
「各地を回って色々な町を見てみたい……程度の旅でしたら、あたしはついて行くつもりはありませんでした。でも、神獣を見るなんて面白そうなことなら、あたしもご一緒したいです」
どうしよう?
ローナ、ルク、そしてエリズと視線を交わす。三人とも微笑んでいて、判断は私に任せると言っている風。
ここでラーニャを拒むのは……申し訳ない、よね?
「……お留守番してくれる召喚士、また探すしかないか」
「ということは、あたしもついて行っていいということですか?」
「うん。神獣に会うっていう、それだけの旅で良ければ、一緒に行こう。どこにいるかもわからない神獣を探すのなら、
「ありがとうございます! 精一杯協力します!」
次、召喚士の補充要員が見つかったとしても、本当の目的は秘密にしておいた方がいいかな……。
ともあれ、二人旅の予定がどんどん変化していく。
こういう想定外は、悪くないけどね。
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