第15話 気持ち

 ローナに好きな人がいるというのは、いい。ローナだって女の子だし、恋をすることだってある。


 しかし、ローナが同性の女の子を好きだというのは驚きだ。


 確かに凛々しい人だし、女性から見てもかっこいい女の子ではある。それでも、異性を好きになるのがごく一般的なことのように思う。



「……やっぱり、変、かな? 女同士だし……」


「そんなことはありません! 恋にも愛にも性別は関係ありません!」



 不安そうなローナに、エリズが堂々と言い放つ。私もそれに続く。



「私も、別に変だとは思わないよ。恋も愛も私にはわからないことばかりだけど……異性だから好きになっていいとか、同性だから好きになっちゃいけないとか、そういう考えは違うと思う」


「……そっか」



 ローナがほっと溜息を一つ。表情も少し和らいだ。



「ちなみに、ヴィーシャとしては、エリズのことをどう思っているんだ? 見た感じ、今はエリズが攻めてまくって、ヴィーシャは軽く受け流している感じだが……。本心としては、エリズのことを好きなのか?」



 質問がまっすぐ過ぎて答えに困るからやめてくれ。私だって、エリズのことをどう思えばいいのか、はっきりしていないのだから。


 そう言って誤魔化したい気持ちはあるものの、ローナのすがるような目を見ていると、はっきりと答えないといけない気がする。エリズが興味津々に目を輝かせるのはうっとうしいとしても。



「あー、えっと……私としては……エリズのことはもちろん嫌いじゃなくて……。好きと言えば、好き……だよ? でも、だからって今すぐ結婚だとかは考えられないし、恋人として接していこうとも思えない……。手を繋ぐのもいいし、同じベッドで寝るのも構わない……。かといって、キスしようとまでは思わなくて……。まぁ、そんな感じ……」



 はっきり答えたくても、私の素直な気持ちがあやふやだから、こんな答えにしかならなかった。



「将来的に、ヴィーシャはエリズと恋人になったり、結婚したりするつもりはあるのか?」



 またそうやってまっすぐな問いをぶつけてくる……。なんでもかんでも白黒はっきりさせようとしないでくれ……。



「そういう可能性は……ある、よ。エリズと暮らし始めてまだ十日も経ってないから様子見状態だけど、エリズとの生活は心地良いと思う……。

 エリズはこの通り……よく笑う明るい子で……結構おしゃべりで……一緒にいるとこっちも明るくなれる。ちょっと強引だけど、引き際も心得てるから不快じゃない……。

 エリズとなら、ずっと一緒に暮らしてくのもいいかもしれないと思うんだ……」



 ぼそぼそと、ローナにギリギリ聞こえるような声で告げる。頬が熱いのは、ローナが妙に優しい眼差しを向けてくるからか、自分の言葉に自分で恥ずかしくなっているからか……。



「そうか。明確に好きとは言えないが、時間の問題ということだな?」


「そ、そうやって曖昧さをなくす要約はしないでよ……。私だって、自分の気持ちなんてはっきりとはわからない……」


「その微妙な気持ちになっている時点で、もうほとんど好きだって言ってるようなものだと思うが?」


「だから! 変に要約したり明確にしたりするなって言ってるの! ちょっと違うんだってば!」


「そうか。そこまで言うなら、余計なことは言うまい」



 ローナは優しい笑顔を浮かべている。最近、優しい笑顔はときに人を苛立たせるのだということを学んだ。


 一方、エリズはニマニマしていて。



「ヴィーシャさんはなかなか気持ちをはっきりと言ってくれないので、その言葉が聞けて良かったです。

 出会って間もないうちから多くは望みません。じっくりじっくり、二人の愛を育んでいきましょうね?」


「……エリズはいつも、愛だの恋だの言い過ぎなんだよ。聞いてる方が恥ずかしい……」


「それは、愛情は言葉じゃなくて態度で伝えろ、ということですか? 思い切り抱きつけばいいですか?」


「全然そんなこと言ってない! 変に歪んだ解釈しないで!」


「……二人は本当に仲がいいな。羨ましいよ」



 ローナの笑みに寂しさが混じる。



「……ローナ、その魔法使いの子と上手くいってないの?」


「上手くいってないとかじゃないよ。単に、愛とか恋とかいう間柄じゃないってだけ。仲間としては親しくしてるよ」


「そう。ちなみに、ローナが一緒に仕事している魔法使いの子っていうと……ルクって子かな? 何度か会ったことがある」



 ルクはローナと同じ十七歳で、狐の獣人だ。桃色髪の、童顔気味で可愛らしい女の子だったと記憶している。


 なお、獣人は、基本的に人間と見た目は同じだけれど、耳が獣のものになっていたり、尻尾が生えていたりする。獣人には身体能力の高い者が多い一方で、一部は魔法が得意。種族によって変わるらしい。



「……うん。そのルクであってる」


「へぇ……。ローナって、可愛らしい子が好きなんだね」


「や、別に、可愛らしい子が好きとかじゃなくて……私はただ、ルクのことを好きになっただけ……。それだけだから……」



 ローナが顔を真っ赤にしている。凛々しいローナとのギャップが強くて、非常に可愛らしい。ルクに見せてあげたい。



「ローナがルクのことを好きなことはわかった。それで、ローナはどうするの? 恋人として付き合ってほしいって、伝えるの?」


「……どうすればいいんだろう。ルクのことは好きだ。でも、女同士だし……この気持ちを下手に伝えて、拒絶されたら……もう今までみたいに一緒に仕事をするのも支障が出るかもしれない。

 恋人になれるならなりたい気持ちはある。でも、下手に関係を壊すよりは、何もしない方がいいのかもしれないとも思う……」



 何度も思う。恋に悩むローナ、めっちゃ可愛い。


 ローナってこんなポテンシャルを秘めていた子だったの? かっこいいだけじゃなくて可愛いとか、何かの法律に違反してない?



「私が少しルクと話をしてみようか? ローナをどう思うか、なんて直接的には訊かないで、女性同士の恋愛をどう思う? くらいで。私とエリズの関係をどう思う? みたいな訊き方でもいいかな」


「……うん。ちょっと、訊いてみてほしい。その感触次第で、私はどうするか考えるよ……」


「わかった。なら、何かしら理由を付けて、話す機会を作ろう」


「うん。ありがとう」


 

 それにしても、私が他人の恋愛相談に乗る日が来るとはね……。そういうのとは縁がない世界で生きていくと思っていたのに……。


 上手く二人を結びつける自信なんてない。せめて、ローナとルクの関係がこじれないように注意していこう。

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