第25話 コンデンシン-2
泣きじゃくって当たり散らして、用意された抑制剤の袋を投げつけても、真尋は怯まなかった。
それどころか、食欲はないくせに物を投げる力が残ってることに安心したと斜め上の感想を口にして、また茜を怒らせた。
いま思えば、そうして胸の内でわだかまっていた色んな感情を吐き出させることで、茜をストレスから解放しようとしてくれたのだ。
本来それは、カウンセラーと療養患者の間で行われるべきもので、研究者である真尋がサンドバッグになる必要はどこにもなかった。
それでも、真尋はその役割を他の誰にも譲ろうとはしなかった。
母親がどれくらい茜のことを可愛がってくれて、心配してくれていたのか痛いほど理解しているし、彼女が真尋に茜を救ってやって欲しいと懇願しているのだろうことは分かっていた。
けれど、ここまで彼が献身的に茜に寄り添ってくれるだなんて思ってもみなかったのだ。
体質に合う抑制剤が見つかって、精神的にも安定して来た頃襲ってきたのは激しい後悔と罪悪感と羞恥心。
いい年齢の大人が、いくら病んでいたとはいえ赤の他人にあそこまで八つ当たりするなんて。
申し訳なさと気まずさでいっぱいになって、カウンセラーを通じて、真尋に担当を外れて貰うようにお願いしてみたが、返って来た答えは却下。
開き直ったようにこの先ずっと面倒を見るつもりでいると言われて、本気で自分を恨んだ。
体重どころから自分の体内細胞の変化まで把握してくる義兄がどこにいる。
それでも不平不満は数あれど、やっぱり身近に自分を理解してくれている人がいることは精神の安定につながって、以降、茜はパニック状態陥ることは無くなった。
茜の体調の変化を真っ先に察知する真尋が側に居れば、極度の緊張状態に陥ることも、不安に襲われることもないからだ。
けれど、あの日の真尋はどこか様子が違った。
いつもは茜を真っ先に安心させようとする彼が、分かりやすく茜の行動に眉をひそめた。
懇親会の何がいけないのか分からない。
厚労省への根回しは、第二、第三のオメガ
西園寺が全面的に守りを固めているこの地方都市から一歩外に出れば、オメガへの偏見は未だ矢のように突き刺さってくる。
オメガバースへの理解を深めたいと名乗りを上げてくれたマトリには研究者である彼も感謝しているはずなのに。
「私ずっと一人っ子だったでしょ?それは向こうもそうだけど、だから、当然兄弟げんかなんてしたことなかったし・・・・・・でも、私がオメガ
「麻生さんは、茜に懇親会に行って欲しくなかったのよね」
「うん・・・・・・やっぱり、検診の結果がほんとは良くなかったのかなぁ・・・なんかやたらと酒は飲むなって五月蠅く言われたし、端っこの席に座れとか意味不明なことを」
「・・・・・・都築さんと仲良くなって欲しくないんじゃない?」
「紳士的でいい人よ、オメガに対しての理解も配慮もあるし、あの人がマトリってこと自体ちょっと信じられないレベルのイケメンだし」
「その人ってベータなの?」
「それがさー・・・・・・アルファなんだよね」
「え?アルファなのに、茜苦手じゃないんだ?」
紗子が心底驚いた表情になるのも無理はない。
これまで茜は相手が誰であれアルファは積極的に避けて通って来たのだから。
けれど、不思議なことに最初に挨拶を交わした時点から、彼からはアルファ特有の嫌なフェロモンを感じなかったのだ。
だから、二人で話してもベータと一緒に居るような感覚でいられる。
「物凄く理性的なのよね、都築さんて。なんていうか草食系っていうか、雄っぽさゼロなの。多分なんだけど、私がアルファを苦手なのは最初の
オメガを捕食対象としか見ていないアルファの淀んだ眼差しと纏う匂いが、茜の身体を強張らせるのだ。
「ああ、そういえば既婚者アルファは平気だったって前言ってたもんね」
「うん。番がいるアルファは苦手じゃないのよね。そういう対象にならないっていう安心感があるんだと思う」
「で、そういう安心感を都築さんから感じたってことは、彼も既婚者なの?」
「ううん。独身で恋人もなし。だから、ちょっと不思議だなって思ってて」
「都築さんのこと、気になるんだ?」
「今更運命の番なんていらないって思ってるけど、こういう感じなのかな、とは思うよね。嫌悪感ゼロで一緒に居られるアルファが見つかったら、確かに運命感じるかもしれない」
「うん・・・それは、確かにそうよね」
運命の番に否定的な考えではない紗子は、茜の言葉にうっとりと目を細めた。
抑制剤でかなり症状は抑え込まれているけれど、いまだに突発的な
「都築さんと、一度会ってみる?紗子」
「え。私!?なんで」
「タイプ的に合うんじゃないかなって思って。ほら、何か月か前も職場で
「・・・・・・・・・茜は、まったく都築さんになんにも感じてないのね。みんな騒いでるんでしょう?」
呆れた表情で問いかけられて、茜は確かに苦手じゃないアルファとして都築を認識しているけれど、それ以上の興味を抱いていないことに気づいた。
「ああ・・・そうねー・・・ああ、こういうアルファもいるんだなーって、それだけ」
「・・・・・・・・・茜の恋愛細胞って・・・・・・あ、いけない、お昼終わっちゃう!」
スマホで時間を確かめた紗子が止まっていた食事を大急ぎで再開した。
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