第50話 ヌクレオチド-2
パンを届けるくらいなら、デートに誘えと言われたが、茜がどれくらい外の世界に興味を持っているのか分からないし、こちらの気持ちだけで引っ張り出すことはしたくなかった。
だからこうして手探りを続けている。
あれだけ献身的に彼女に尽くしてきて、どうして恋じゃないと思っていたのか、今となってはさっぱり分からない。
あの頃から真尋にとっては茜がすべてで、彼女が笑顔になればそれだけでどんな苦労も一瞬で報われてきた。
自分の番を見つけることなんてこれっぽちも考えた事はなかったし、茜が元気になることだけを望んでいた。
二人の未来が重なり合う可能性についても想像すらしたことがなかった。
自分の気持ちに疑問を抱く暇もないくらい、茜のことだけ考えて生きて来たのだ。
これほどまでに一途な男がほかにいるだろうか。
絶対にいるわけがない。
だから、そう簡単にこの地位は揺るがないという自信が、いつだって根底にあるのだ。
「ねえ、真尋くんここに来たのって初めて?西園寺さんとも一緒に来たの?」
「姫には店を教えて貰っただけ。俺もここには初めて来た。あいつのお守りは
メディカルセンターの外でまでお目付け役を名乗るつもりはないし、西園寺もそれを必要としていない。
研究者の肩書を持つ西園寺雫の側には、常に
どこか排他的な西園寺の守り方には疑問を抱くことも多いが、何か意図がある事は明らかで、それを探る権利を真尋たちは持っていない。
分かっている事は、メディカルセンターと
おそらく、どこかにいるであろうアルファと出会うことが出来るまで、雫に他者と不要な接触をさせたくはないのだろう。
「・・・・・・お守りって・・・言い方!」
「姫のことは頼まれたけど、茜のことは俺が自分で選んだからな。だから最後まで面倒見るよ」
「お母さんに頼まれて来たくせに」
「最初はな。一応顔見せして義理立てするのが人情だろうと思ったし。研究者のくせに一度も義妹を見舞わないのもなと思って会いに行った。でも、行って良かったよ。俺の未来が決まったから」
あの日茜と出会って確かに芽生えた使命感は、真尋を研究者として大きく前進させてくれた。
彼女がオメガで無かったら、ここまで研究に身が入らなかったはずだ。
気になる相手を知りたい、知りつくしたいという気持ちは、間違いなく原動力になった。
なにがきっかけで体調が変化して、どのストレスが作用して
ありとあらゆるパターンを想定して動く自分が出来たのは、間違いなく茜がどういう状況に陥っても正しい対応が行えるようにするためだ。
「・・・・・・・・・ほんとにちゃんと面倒見てよね。途中で投げ出さないでよ」
「投げ出すなら、オメガ
意地悪く言い返せば、茜がきゅっと唇を引き結んで頬を赤くした。
入院中の大人げないアレコレが思い浮かんだのだろう。
「・・・・・・・・・」
黙り込む横顔は、あの頃よりもずっと健康的で綺麗になった。
”茜ちゃんは綺麗でいい子なのよ”
まるで自分が生んだかのように自慢する母親の声が甦る。
彼女がオメガだから、惹きつけられる訳じゃない。
茜が見せる様々な表情や仕草が、真尋をそうさせるのだ。
そしてその気持ちは、愛しいという言葉に結びついていく。
「遅れて来た反抗期かと思うくらいお前の態度酷かったもんなぁ」
「黙り込むよりは怒ったほうがいいって言ったのそっちでしょ」
はいこれ買って、と押し付けられたトレーを受け取って、側にあったエクレアを追加してレジに運ぶ。
「言った。ぶつけてくれないと俺もなんも返せないからさ」
「・・・・・・私は投げたのに、真尋くんは一度も投げ返さなかったね・・・・・・・・・あ、だから煙草吸ってたんだ!?」
「なんでそこに紐づくんだよ」
それはあながち間違いではない。
メンソールで一服するとその分冷静になれたし、烈火のごとく感情をぶつけてくる茜を前にしても穏やかでいられた。
あれほどまっすぐに色んな感情を投げられるのは初めて、面食らったせいもある。
どちらにしても、あの時間があったから、橘田茜を理解することが出来た。
良くも悪くも二人には必要な時間だったのだ。
「車戻ったら灰皿チェックするからね」
「すれば」
あっさりと返せば、茜がパチパチと瞬きした。
「吸ってないんだ」
不思議そうに返されたので、思わず素で返してしまった。
「お前の側ではね」
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ブラザー・コンプレックス ~義兄アルファからの溺愛が止まりません~ 宇月朋花 @tomokauduki
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