第23話 ヒストン-2
あくまで現在公に出来るオメガバースに関する情報のみを提供することになる。
厚労省側から提示された都築に関する情報には、アルファとはっきりと明記されていた。
オメガ抑制剤開発チームに配属される場合には第二性別の検査が必須になるが、それ以外ではセンシティブ情報にあたる属性に関する報告義務は存在しない。
今回は直接オメガである雫とのヒアリング対談を予定していたため、検査結果の提示を求めたのだろう。
有栖川の記憶が正しければ、橘田茜はかなりのアルファ嫌いだったはずだ。
アルファのフェロモンを敏感に察知する彼女は、オメガであるにもかかわらず、メディカルセンターで大人気の事業部長補佐であるアルファの市成には見向きもしない。
施設内に何人もいる運命の番に憧れるオメガたちのように、素敵なアルファを探す素振りすら見せていなかった。
そんな彼女が、アルファである都築を拒まなかったというのは一体どういうことか。
現在、
有栖川と真尋が身につけているもののみだ。
つまり、都築はフェロモンを抑制することなく茜のそばにいるということになる。
考えたくはないけれど、これはもう。
「・・・・・・・・・運命の番なんじゃないの?」
「は?」
途端刺すような視線が返って来て両手を上げて降参ポーズを見せた。
「・・・・・・・・・ごめん、失言だった。射殺すみたいに見るなって・・・悪かったよ、軽口過ぎた。ほら、フェロモンの種類によっては苦手なものとそうでないものがあるのかもしれないよ?これまで橘田さんは漠然とアルファってだけで毛嫌いして避けて来たけど、必要に迫られて会ったアルファが意外と嫌じゃなかったってだけで」
「・・・・・・・・・嫌じゃなかったらなんなんだよ」
「・・・それは分からないけど・・・でも、嫌じゃないからって好きになるとも限らないだろ?」
「は!?」
「だから悪かったって。橘田さんてガード固いし、ほら、警戒心も固いし、そう簡単に心開かないでしょきっと。俺だって挨拶くらいしかしたことないし・・・・・・」
これは挨拶しかしていないのではなくて、真尋の妨害によってさせて貰えていないのだが、研究以外には興味のない有栖川にとっては別段問題では無かった。
有栖川にとって、橘田茜は、最初に挨拶をした瞬間から今日までずっと、真尋の好きな女性、というだけの存在なのだ。
本人自覚無自覚に関わらず。
それ以上でも以下でもない。
有栖川が、大学の研究室から引き抜かれて西園寺メディカルセンターへやって来た時期は、ちょうど茜がオメガ
質問にも最低限の返事しかくれなかった茜が、自らオメガの性質について質問を投げて来るようになり、薬の副作用についても詳細に聞かせてくれるようになって、そのうち自ら進んでホルモンバランスを整えるための食事について考えるようになっていった。
嬉しそうに語られる茜のオメガ
後になって、彼女が義妹で、再会したのは数年ぶりだと聞かされて諸々納得した。
彼女が真尋に心を開いているのは、彼が研究者でオメガをより深く理解しているから、かつ、唯一側に居てくれる義兄だからだ。
しかも、茜は真尋をベータだと信じ切っている。
フェロモン抑制装置で擬態した真尋の属性に疑いすら抱いていない。
なぜなら彼女はアルファが苦手だから。
けれど、ここに来て茜が苦手ではないアルファが現れた。
真尋がベータの振りをして遠ざけていたアルファが、隙をついて茜の側に近づいてしまった。
ちらりと視線を同僚に向ければ、険しい表情のまま彼が首元のネックレスを引っ張っている。
結晶化させたフェロモン抑制物質が体温で温められることによって効果を発揮するそれは、真尋にとっての命綱でもあった。
それがなくては、茜の側にいられないからだ。
「・・・・・・・・・外してもいいけど、ここではやめてよ」
側にはオメガ姫もいるし、一つ間違えば
西園寺緒巳が、雫を殊更大切にしている事は
たった一人の身内の為に私財を投げうって研究施設を興せるほど、彼にとってオメガ姫は貴重な存在なのだ。
大きくて安全な箱庭を用意して彼女を囲い込むほどに。
「・・・・・・・・・怖くて外せねぇよ」
重たい溜息と共に真尋がデスクに突っ伏した。
嫌われたくない、とその背中に書いてある。
誰よりも彼自身が、アルファであると告げることで起こる現実を恐れているのだ。
傍から見ればどこからどう見ても好意のそれが、義妹に対する庇護欲に置き換わってしまってずっと変わらないことのほうが不思議で仕方ない。
さっさと自覚して対策を立てればいいのに。
どうせ自分の気持ちには抗えないのだから。
「都築さんだっていつまでもいるわけじゃないだろうし、様子を見れば?」
「・・・・・・・・・その間に茜が都築を気に入ったら?」
それは、有栖川がちらっと思い浮かべて賢明にも口に出すのを躊躇った一言だった。
嫌悪感を抱かない初めてのアルファに対して、彼女が興味を抱く可能性はなくもない。
とはいえあくまで机上の空論である。
これ以上は付き合いきれないと匙を投げる事にする。
元々恋愛相談は苦手なのだ。
「・・・・・・・・・心配なら、様子見に行けば?車で10分なんだし」
どうせもう定時なのだから、どう動こうが自由だ。
水を向けられた真尋は、一瞬真顔になってすぐに椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
慌ただしく帰り支度をする同僚を横目に、有栖川も席を立った。
「俺も帰ります」
この時間なら、図書館に行けば彼女がまだいるかもしれない。
色恋で右往左往する真尋を見ていたら、急に人恋しくなってしまった。
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