第24話 コンデンシン-1

「え、それで麻生さんわざわざ迎えに来たの?」


カニクリームコロッケをフォークに突き刺したまま驚いたように食事の手を止めた友人、倉沢紗子くらさわすずこに向かって、茜は困り果てた表情でこくんと頷いた。


図書館の前にある喫茶店カサブランカは、ランチ時を少しずらしたおかげで待ち時間ゼロでテーブル席につくことが出来て、のんびりと美味しいランチを楽しむことが出来たのだが、茜が口にした話題のおかげで、熱々のカニクリームコロッケはいつまで経っても紗子の口元へ運ばれることは無かった。


「そうなのよ・・・・・・治験の検診の日だったし、結果が悪かったのかって一瞬本気で心配したんだから」


「でも違ったんだ?」


「うん。渡したいものがあるから迎えに来たって言われて、でもその日は都築さんとの懇親会の予定だったから、一緒に帰るのは無理って説明したらすんごい不機嫌になって・・・」


「渡したいものってなんだったの?」


「知らない。時間も無かったから聞いてないの。どうせお母さんのお漬物とかだと思う。なんか隠してるのかと思って、検診で気になるところが見つかったならちゃんと言ってって言ってもそうじゃないの一点張りよ・・・あんな真尋くん初めてだったから完全にお手上げ」


「兄妹だけど兄妹じゃないし、友人でもなく、研究者と被験者というには近すぎる距離だもんね・・・」


「大人になってから出来た義兄だけど、結構うまくやれてると思ってたんだけど・・・」


難しいねぇと紗子がしみじみ呟いた。


紗子は、西園寺メディカルセンターの近くにある図書館で司書として働いている。


茜と同じくオメガである彼女との出会いは、紗子がオメガ療養所コクーンに療養患者として入院して来た際に、ストレスから拒食症になっていた紗子の栄養指導を行ったことがきっかけだ。


1歳年下の彼女は、茜と同じく成人してから発情期ヒートを迎えて、体質に合う抑制剤を見つけられず、突発的な発情期ヒートを繰り返すトランスタイプのオメガだった。


8か月の入院期間の間に仲良くなった二人は、紗子が転職して図書館司書として働き始めたことをきっかけにさらに距離が縮まり、今ではお互いの家を行き来する仲である。


同じオメガ同士の唯一の友人である紗子には、真尋との関係についても包み隠さず話していた。


あの日、いきなり仕事場のオメガ療養所コクーンにやって来た真尋は、仕事が終わるまで待ってるから一緒に帰ろうと、突然言い放った。


これまでも、茜の具合が良くない時には職場まで迎えに来てくれたり、検診日には一緒にランチをしたり、母親から届けられた荷物を受け取りに行ったついでにお茶をしたことはあるが、それはあくまでも茜の体調や、何かのついでだった。


ポカンとなった茜に、真尋は取ってつけたように渡したい荷物があるからと言ってきて、明らかに含みのあるその言い方に、今日の検診で何かあったのかと問いかけても、ない、の一点張り。


どちらにしても、今日はマトリの都築を囲んで、オメガ療養所コクーンの社員たちと懇親会に出掛ける予定にしてあるので、一緒には帰れないと説明した途端、真尋が本気で不機嫌顔になった。


オメガ療養所コクーンに療養患者として入院した直後の茜は、人間不信気味で、最低限のやり取り以外、誰とも口を聞こうとしなかった。


両親が良かれと思ってオメガ療養所コクーンに茜を入院させてくれたことすら、家族から見放されたように思っていた。


そのくせに、研究者の義兄だけは毎日のように茜のもとにやって来ては体調についてあれこれ鬱陶しいくらい尋ねてくる。


母親の息子ではあるけれど、自分にとって彼は縁もゆかりもない赤の他人。


両親を困らせたくない、傷つけたくない、せっかく家族三人で穏やかな生活が送れているのに、自分がオメガであることでそれを壊したくはない。


限界まで溜め込んだ不安や憤りをぶつける先が見つけられなくて、塞ぎ込んでいた茜の側に研究者として現れた真尋は、茜にとって物凄く都合の良い他人だった。


彼がここに居るのは、少なからず家族への義理と責任があるからで、研究者とオメガとして向き合っている以上、絶対に茜を放り出せない。


だから、彼にだけは気持ちの全部をぶちまけることが出来た。


心と身体は直結していると信じて疑わなかった自分の身体が、勝手に発情ヒートを起こしたことへの恐怖。


他人からの視線が怖い、みんなが自分をオメガだとあざ笑っているような気さえして、部屋から一歩出れば、両親のぎこちない笑顔と腫れ物に触るような態度でさらに心が重たくなる。


どうしていいかわからない。


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