第40話 メタボローム-2

研究所ラボの人間として意見するなら・・・・・・・・・この先きっと、茜が苦手じゃないアルファは出てくるよ。都築以外にもな。この数年で抑制剤開発はどんどん進んできてるし、お前も自分の体質に慣れて来ただろ?発情期ヒートについても理解して、恐怖心自体が薄れて来てる。もちろん、この先も警戒心を失くす必要はねぇけど・・・」


「・・・・・・・・・なんでそれをいま言うのよ・・・」


繋いでいた手を振り払われたように感じて、一気に涙腺が緩んだ。


アルファとの出会いに向けて背中を押すような発言が彼の口から飛び出すなんて。


この間まで、現状維持を貫く茜に賛同してくれていたのに。


会いたかったと言ったり、突き放すような事を言ったり、真尋の本音がさっぱり見えない。


「俺も研究者だから、そこはフェアにいかねぇと、ずるいだろ」


「ずるいの意味が分かんないわよ・・・・・・・・・なによ今更・・・・・・なんでアルファ探せとか言うの・・・」


「探せとは言ってない。そうじゃねぇよ。でも、俺の一存でお前のこれからの可能性を狭めるのは違うと思った、だから、研究者として話してる。天気予報と同じでさ、未来が百パーセントの的中率なわけないだろ?だから、自分が何も選べない、なんて思うなよ。俺はこの先もずっと抑制剤の開発を続けるし、これからずっと茜が俯かずにすむようにしてやるからさ」


穏やかに告げられた言葉の内容が重たすぎて深すぎて容易く受け止められない。


真尋はいったいどれくらいの覚悟でその言葉を口にしたのだろう。


彼が研究者としての矜持にかけてそうするのだとしても、そこに期待を上乗せしたくなる気持ちはどうしたって止められない。


「・・・・・・・・・わ、私がオメガだからって・・・・・・モチベーションにしないでよ」


「なんでだよ。目標にするくらいいだろ。身内を助けたいと思ってなにが悪いよ」


あっさりと彼が口にした”身内”というキーワードが、深く胸に刺さった。


分かっていた事だ。


二人の関係は、身内からスタートしたのだから。


「・・・・・・・・・真尋くんの優しさはさ・・・・・・ちょっと極端なのよ・・・お母さんもだけど」


「お前も10年も見てりゃ分かるだろ?俺はあの人から生まれて18までべったり側に張り付かれてたんだぞ。救われた部分も大いにあるけど・・・・・・」


必ず家族のなかで一番先に起きて、茜と父親の好物を食卓に用意して、大学に入った茜が家庭教師のバイトを始めてからは、毎回必ず駅まで迎えに来てくれて、茜が栄養士の道に進みたいと伝えてからは全力でその夢を応援してくれて、試験前は合格祈願であちこちの神社を巡って大量のお守りを用意してくれた。


子供の幸せが自分の幸せに直結する生き方を体現しているような母親の人生は、到底真似できそうにない。


彼女の血を大いに受け継いでいるから、真尋はどこまでも献身的に茜を支えてくれたのだ。


だから、寂しいとか、無くしたくないと思うようになっても仕方ない。


少なくともこの5年間、茜には真尋しかいなかったのだから。


研究者として、オメガの可能性について口にする彼の姿勢はどこも間違ってなんかない。


その正しさが、いまは悲しい。


「過保護の方向性をちょっと間違えてるのよ」


「そう言うけどな、俺も手探りだったんだよ。まさか2個下の妹が出来るとは思わなかったし」


「その妹が研究中のオメガだなんて、物凄い因果よね・・・・・・でも、ほんとに目の前で体組成計に乗せるのはやめて」


「どうせ数字上がってくるんだからいいだろ別に」


「優しいのにそういう配慮が足りないのよ、真尋くんは」


「いまさら茜に遠慮してもしょうがねぇだろ」


「都合いい時だけ身内扱いするからなぁ。西園寺さんから訊いたけど、ほかの被験者の面談には顔出してないらしいじゃない」


「出せるわけねぇだろ。オメガってこと自体隠してる被験者もいるのに、男の研究者がのこのこ顔出せるかよ。上がってくる検査結果で十分だよ」


「だから、そういう配慮を私にもしてって言ってんの」


「なんで?」


「西園寺さんだってもう十分独り立ちした研究者なんだから、オメガ同士話したいことだってあるし」


研究所ラボで唯一のオメガである西園寺雫は、プロテクトSの開発当初から被験者として治験参加していた西園寺の縁者で、研究所ラボの人間と被験者以外はオメガであることを知らない。


茜が被験者として治験参加したばかりの頃は、まだ彼女は大学を卒業したての新米研究員で、一人で被験体との面談が難しかったので、オメガ療養所コクーンのカウンセラーである我孫子が同席することもあったのだが、茜の面談の時だけは雫と真尋がセットで対応に当たっていた。


真尋が身内の権限を盛大に振りかざしてくれたおかげである。


最初の頃は安心感のほうが大きかったけれど、雫も治験にも慣れて来たのでどうにか二人体制にして貰いたいところなのだが。


「ああ、じゃあ、次にそういう話する時はちゃんと言えよ。席外すから」


ギリギリのところで譲ってはくれるのだけれど、基本的に茜に関するすべての事項を完全に把握して他に渡そうとしない真尋の姿勢は研究者とオメガとして出会った頃から一貫して変わらない。


「真尋くんがそうだから、私がこうなのよ!」


真尋と出会っていなかったら、都築にときめいたかもしれない。


彼との恋に憧れを抱いていたかもしれない。


この先ほかのアルファに出会う可能性をどれだけ示されたって、きっと無理だ。


すぐに心は彼のもとに舞い戻ってしまうだろうから。


「・・・・・・意味わかんねぇよ・・・・・・まあでも、研究者として言うべきことは言った」


開き直ったように言った真尋が、茜のマンションのロータリーへと車を回す。


「なによ、研究者、研究者って・・・」


お世話様でした!と捲し立てるように言ってシートベルトに手を掛ければ。


「義理は果たしたから、俺の一個人の意見は・・・・・・そのうち、お前が酔ってない時に話すよ」


おまけのように付け加えられた一言に、胸がざわついて眠れなくなった。






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