第36話 カリオグラム-2

「たしかに茜はいい子だけど、必要なお節介とそうじゃないお節介があるだろ」


『あら、やっぱりあんたの目から見ても茜ちゃんていい子なのね!良かったわ!あの子美人だし、いい子よねぇ』


「・・・・・・・・・いい子だからなに、さっさと嫁に出そうって?」


『だってね、真尋。私たちのほうが、確実に先にこの世からいなくなるのよ?オメガのあの子をひとりぼっちで残して行くことを思うと・・・・・・・・・時々やりきれなくなるわ・・・だから、少しでも早く安心できる場所を見つけてあげたいの。折角オメガに生まれたんだから、素敵なアルファと結ばれてほしいのよ』


こうも親心を全面に押し出されると、論破するのは難しい。


言っている事も思いも間違いではないのだ。


たしかに、茜がこの先誰も見つけられなかったら、あの子は一生一人でオメガの人生を終えることになる。


けれど。


「・・・・・・・・・母さんたちが居なくなっても俺がいるだろ」


母親譲りの使命感と庇護欲はいまや独占欲と恋情に完全に置き換わっている。


この先一生ベータだと偽ってでも、茜の側に居続けようとあの日心の決めたのだ。


それは、彼女への気持ちを自覚するよりずっと前の事だったけれど、自分の出した答えに微塵も迷いなんて無かった。


真尋が視線を向けた先に真っ先に飛び込んで、全力で道を切り開いてくれた母親と同じように、出来ればそれ以上のものを、茜に贈りたいと思っている。


身勝手でも、押し付けだとしても。


そんな風にだれかになにかをしてやりたいと思わせてくれたのは、茜が初めてだった。


まさかとっくの昔に独り立ちして、橘田家とは関わりを持とうとすらしなかった息子が、こんな風に義妹を思っているなんて母親としては驚きだったのだろう。


一瞬虚を突かれたように黙り込んだ母親が、しみじみと言い返す。


『そりゃあ、あんたが研究者として側で支えてくれるのは有難いけど・・・・・・でもね』


「俺は、自分が研究者で居る意味は、あの子にあると思ってるよ。茜の人生をどうにかして楽にしてやりたいと思った。それは今もそうだけど、あの子が俺の手を必要としなくなっても、俺はずっと茜を支える方法を探し続けるよ」


それは、彼女がオメガで、自分がアルファだからではない。


橘田茜という存在に、純粋に惹かれているからだ。


一息に言い放った告白めいた台詞に、何かを察知したらしい母親が電話の向こうで息を飲む。


『え・・・・・・・・・真尋、あんたもしかして・・・・・・』


「茜には何も言ってないよ。言ってないし、してないからな」


『当たり前でしょう!あんた、自分の立場を利用してあの子に迫ったり・・・』


「するわけないだろ!ちょっとは俺のこと信用しろよ」


『だって高校生の頃のあんたってば毎週のように違う女の子部屋に連れ込んでたじゃないの!避妊はちゃんとしてたみたいだから黙ってたけど、母さんハラハラしたのよ!』


「・・・・・・・・・いまさら思春期の頃の話蒸し返すなよ」


サッカーを諦めた血気盛んな男子高校生が次に目覚めるとしたらまあそうなるわけで、薬学に本腰を入れるまでの間はそれはもう全力で爛れた青春を謳歌した。


今思えば、自分のアルファ全盛期だったと思う。


あの頃はまだオメガバースの存在自体知られていなくて、自分の属性も知らずに生きていたけれど、恐らくあの頃からアルファのフェロモンに引き寄せられた女の子たちが、側に集まって来ていたのだろう。


面白いくらい相手に事欠かない高校時代を過ごした記憶がちらりと甦って、すぐに蓋をした。


『でも茜ちゃんはオメガでしょう・・・・・・・・・?』


自分の第二性別がアルファであることは母親にも伝えていなかった。


うっかり彼女の口から茜に入る危険性を考えたからだ。


「そのことも、色々ちゃんと話するから、とりあえず茜に余計なことするのやめてくれよ」


『余計なことって・・・・・・真尋、あの子は確かに魅力的だし惹かれるのも分かる、でも、あの子はもう私の娘なのよ、責任取れないことしたら、承知しないわよ』


「・・・・・・言われなくても分かってるし、最初から責任取るつもりでいるよ」


じゃないとあんなに足繁くオメガ療養所コクーンには通えない。


顔を見せるたび詰られて罵詈雑言を投げられてもめげずに足を運び続けたのは、何があっても彼女を救い上げると心に決めていたからだ。


『・・・・・・・・・・・・それならいいけど、くれぐれも自重して、先走った事はしないで・・・きちんと私とお父さんに報告しなさい。全部、それからよ』


まさかこんな歳になって実の親から牽制を食らう羽目になるとは思ってもみなかった。


それでも、母親が茜を思ってその言葉を口にしたと分かっているから、言い返すことも出来ない。


あの夜うっかりその気にならなくて本当に良かった。


「分かったよ」


噛み締めるように言い返せば、ホッとしたように母親が、一応あんたのことは信用してるからねと念押しをして来た。

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