第35話 カリオグラム-1

『え?ああ、たしかに勧めたわよ。結婚相談所への登録。だって勿体ないじゃない。茜ちゃん綺麗だし気立てもいいし・・・それにほら、アルファって社会的地位も高くて優秀な人が多いっていうじゃない?折角なら、これまで苦労してきた分いい人と知り合って欲しいと思うのは母親として当たり前のことでしょ?だから母さん色々調べて、一番良さそうな結婚相談所を選んだのよ。アルファの登録条件もかなり厳しくて、仕事は勿論家柄なんかもチェックされるみたい。オメガにもそれなりの条件はあるけど、あの子は立派な資格も取ってきちんと仕事もしてるし、何より調べられて困るような事なんてないし、いいご縁が見つかると思うのよ』


完全に余計なお世話でしかない母親の押しつけがましい善意に見えないのをいいことに真尋はこっそりと溜息を吐いた。


真尋にとっては生まれてから大学入学時に家を出るまでずっとこの母親に付き合わされてきたので慣れっこだが、茜にとってはかなりヘビー級の母親だったことだろう。


子供のためならばたとえ火の中水の中を地で行くこの人は、本当に子どもの為ならなんだってやってのけるバイタリティーの持ち主なのだ。


実際その情熱のおかげで、小学生の頃にはサッカーの育成組織に入って最初に打ち込めるものを見つけて、高校1年の冬に膝のケガで別の選択肢を選ぶことになった時も、薬学という未知の分野に興味を抱くことが出来た。


おかげで擦れることもグレることもなく成人して独り立ちして今に至る。


感謝していることは沢山あるのだが、今回ばかりは賛同しかねた。


息子に対する愛情と、諦めかけていた頃に念願叶って出来た娘への愛情は、種類も重さも異なるのだろうが、それにしたってどうして今のタイミングなのか。


息子は放っておいても後は一人でどうにかするだろうが、オメガの娘はそういうわけにはいかないので、どうにかして安心できる場所へ嫁がせてやらなくてはと、いう親心は分からなくもない。


が、自分の気持ちを自覚したばかりの真尋からしてみれば、余計なお世話である。


まずは本人にその気があるのかどうかを確かめるのが先決だろうに。


「いいご縁って、それ茜望んでないだろ」


『あら、そんなこと言ってたの?あの子母さんには遠慮して言えなかったのかしらねぇ。あんたには言えちゃうんだ・・・・・・』


「あのさ、母さんからしてみればもう5年かもしれないけど、俺からしてみればやっと5年だよ。ようやく発情期ヒートもコントロール出来るようになったし、仕事にも慣れて、後輩の面倒も見れるようになって、友達もできて、やっと昔の生活に戻り始めてるんだ。ここでいきなり別の未来押し付けることないだろ」


『押し付けるだなんて・・・・・・でもねぇ、どんな綺麗な花にだって売れ時があるのよ。その時を逃したら、勿体ないでしょう?』


「それは誰が決めんだよ、母さんじゃなくて茜だろ」


『あの子は自分の魅力をいまいち分かってないから、母さんがお節介焼いてあげるくらいでちょうといいのよ』


悲しいかなこの母親の台詞には賛同せざるを得ない。


今でこそ前向きにオメガと向き合っているが、ついこの間までの彼女は、自分がオメガであることに怯えていたのだ。


当然のように、自分に向けられる愛情なんてあるわけがないと信じ切っている。


だから、真尋はベータの振りをして側に居られたのだ。


研究者とか義兄とかあやふやな立場を利用していれば、自己肯定感の低い茜は自分に向けられる視線には一切気づかない。


彼女のおかげで自分の気持ちにもヴェールを被せてしまっていたので、この点については色々と思うところはあるけれど、結果としてそれで今日まで茜と真尋の関係は十分成り立ってきた。


他人の目に茜がどんな風に映っているのかは興味がないが、少なくともオメガ療養所コクーンで働くようになってからの彼女は生き生きとした魅力にあふれていた。


そして、その魅力にひき寄せられたアルファが近づいて来なかったのは、茜の職場が特殊だったことと、真尋が側に張り付いていたおかげである。


唯一の友人である紗子と外出する時も、遅くまで出かけることは無く、人の多い繫華街にはめったに足を踏み入れない彼女たちの行動範囲は常に安全圏にとどまっていたので、安心して見守っていられた。


紗子がトランスタイプのオメガではなくて、奔放な性格だったならば、真尋はいまの数倍はひやひやしていたことだろう。


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