第34話 カリオタイプ-2

「買い出し行くなら声掛けろよ。検診のついでに乗せてってやるのに」


いつ発情ヒートに見舞われるか分からないので、オメガ性質が分かってからは、運転を控えている茜の移動手段は徒歩のみで、たまに買い出し担当に任命された時には、都合が合えば真尋の車に乗せて貰う事もあった。


その場合はもっと大きな複合型スーパーへ行って後部座席いっぱいに買い物をして帰る。


「今日は都築さんいるから・・・・・・」


紹介したほうが良いかなと両者を窺っていると、真尋を見止めた都築が人当たりのよい笑みを浮かべた。


「麻生さん、先日の研修ではお世話になりました」


「いえ、こちらこそ」


先日茜の前ではやたらと敵意むき出しだったくせに、鷹揚な笑みを浮かべる真尋はすっかりいつも通りだ。


肩透かしを食らったような気持ちになる。


「あ、もう知り合ってたんだ?研修なんてやったの、真尋くん」


「俺も一応研究者の端くれなんだよ。いっつもお前の面倒ばっか見てるわけじゃねぇよ」


それを言われてしまうとぐうの音も出ない。


実際ここ数年真尋は茜になにくれとなく気を遣ってくれていて、母親と一緒に暮らしていた時以上に細やかに世話を焼かれている。


オメガの何たるかを熟知している真尋の前では、取り繕う必要も意地を張る意味もないので、ある意味一番楽なのだ。


それでもこういう言い方をされるとやっぱり面白くない。


あの発言以降あれこれ悶々と考え込んでしまった自分が馬鹿らしくなってくる。


やっぱりあれはただの気まぐれで、本当に茜のことが心配だっただけかもしれない。


あの台詞に熱が宿っていたように思ったのも、ただの勘違いなのだろう。


「そ、そんなの分かってるけど・・・・・・・・・コンビニ行ってたの?あ。煙草なんて買ってる」


ビニール袋の中を目ざとく確かめた茜の険のある声に、真尋がばつが悪そうにそれを後ろ手に隠した。


一応罪悪感はあるらしい。


「気分転換」


療養患者だった頃の茜のもとに通っていた真尋は、喫煙者だった。


ヘビースモーカーというわけでは無かったようだが、いつも煙草とライターを持ち歩いていた。


茜が回復していくにつれて小言も増えて、しつこく煙草は良くないと言い含めているうちに、喫煙所に寄らなくなった。


「煙草やめたって言ってたくせに、やっぱり隠れて吸ってたんだ!?」


健康志向になってくれたものとばかり思っていたのに。


眦を吊り上げて問い詰めた茜を見下ろして、真尋がぶっきらぼうに言い返した。


「~~~吸ってねぇわ」


こちらを真っ直ぐ見つめないところがどこまでも怪しい。


開き直ればいいのに、吸わないと茜の前で言い切った手前否定しにくいのだろう。


妙なところで意地を張るのだ、この義兄は。


「はいうそー。絶対吸ってる。じゃあ次に有栖川さんに会った時確認するけどいいよね?」


「なんで有栖川に訊くんだよ」


訊かなくていいよ、とげんなり言い返した真尋がちらりと茜の隣に視線を移した。


同行者放置でいつものように話し込んでしまったことを思い出す。


「だって一番仲いいから・・・・・・あ、すみません、都築さん立ち話に巻き込んで、戻りましょう!」


「いえ、お気になさらず」


行きましょうかと先に歩き出した都築の後を追おうとしたら、真尋が手招きして来た。


「あ、待て、茜」


「ん?」


「これやる」


煙草の入ったビニール袋から、ビターチョコレートを取り出して、茜の手に押し付けて来た。


カカオ成分86%のそれは、昔から茜のお気に入りのお菓子だ。


「・・・・・・・・・なんで」


「見つけたから、何となく」


食うだろ、と言われてこくんと一つ頷く。


「・・・・・・・・・ありがとう」


「ん」


小さく頷き返した真尋が、茜と真っ直ぐ視線を合わせた。


伸びて来た空っぽの手が、いつかのように頭をくしゃりと撫でる。


オメガ療養所コクーンで働く事を決めたと報告した時も、彼はこんな風に嬉しそうに茜の頭を撫でた。


そのまま離れて行くかに思われた指先が、耳の後ろを擽ってくる。


「っな、なに!?」


きゅっと目を閉じて顔を背ければ、真尋がようやく手を離してくれた。


「仕事頑張れよ」


いい子いい子と後ろ頭を撫でる真尋に向かって必死に言い返す。


「言われなくても頑張ってるわ!」


真正面から茜の反論を受け止めて、真尋が嬉しそうに笑った。


「ああ、そうだな」


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