第33話 カリオタイプ-1

「買い出しまで付き合って頂いてすみません」


「いえ。男手が必要な時はいつでも使って頂ければ。こちらの施設では大抵のことを女性スタッフの方がこなしていらっしゃるので驚きました」


駅北にあるスーパーまで買い物に出掛けることになった茜の荷物持ちに立候補してくれた都築は、気さくな笑顔で大量の荷物が入ったエコバックを二つも受け取ってくれた。


いつもなら両方の肩に荷物を担いで筋トレだと自分に言い聞かせながら戻る帰り道が、今日は信じられなくらい足取り軽く歩ける。


もう少しスタッフが増えれば突発的な買い出しの人数も増やせるのだが、必要最低限の人員で回している現状を考えるとなかなか厳しい。


オメガ療養所コクーンでの療養経験のある茜には抵抗は全くないが、オメガをよく理解していない人間からすると、療養所というのは名ばかりのオメガ収容施設のようなイメージを持たれることも多く、抜群の福利厚生の割には就業希望者が少ないのが現状だ。


「療養患者さんの多くは、トラブルに巻き込まれたり、発情期ヒートによるショック状態に

陥っているので、極力施設内で異性とは会わずに済むように配慮されているんです。ですから、都築さんにも色々とご不便をおかけしてしまっているんですが・・・」


スタッフの為の裏通路はあるのだが、備品や消耗品のストック場所にもなっているため、狭くて動きにくいことこの上ない。


そんな場所を行き来して貰うのは本当に申し訳ないのだが、トラブル回避のためには仕方のないことだった。


「いえ。当然のことです。無理をお願いして運営を間近で見学させていただいているんですから」


来客対応スペースと病棟は厳重なセキュリティで分けられており、症状の軽い療養患者のフロアは食堂やリラグゼーションスペースのある1階奥に設けられてあって、そこは制限が設けられていないため、都築たちのような見学者や、見舞いに来た親族も自由に行き来することが出来る。


それ以外ゾーンには、入室制限が掛けられており入館証と専用のカードが無くては入れないようになっていた。


違法ドラックの被害者オメガのうち数名は、現在重度フロアで療養を行っている。


この先被害が増え続ければ、さらなる受け皿が必要となるため、研修という名目で都築はオメガ療養所コクーンの現状を正しく把握するためにやって来ているのだ。


「セキュリティも厳重ですが、24時間体制のフォローアップを維持するのはかなり大変ですよね・・・スタッフの人数も決して多くはないですし」


「そうなんです。私のように、オメガ療養所コクーンでお世話になってここで働きたいって言ってくださる療養患者さんや、そのご家族もいらっしゃるんですが、やっぱり少数で・・・募集を見て面接に来て頂いても、最終面接で事業部長に頷いていただけないことも結構あるんです」


「採用の最終権限は、メディカルセンターと同様に西園寺さんが持っていらっしゃるんですよね?」


「そうです。各担当と人事部長の一次面接の後で、事業部長と面接をしていただくんですが、経歴や学歴ではなくて、その人の人柄を物凄く注視される方で、本当にオメガ療養所コクーンに必要な人しか入れないっていう方針をずっと貫いてらっしゃって・・・おかげで離職率ゼロなんですけどね」


「それはすごいですね・・・橘田さんは、やはりオメガ療養所コクーンのオメガ保護精神に感銘を受けてこちらに転職を?」


オメガ療養所コクーン療養患者で、そのままオメガ療養所コクーンを仕事場に選んだと伝えると大抵の人間は、立派だね、凄いね、と口を揃えて言ってくる。


自分自身がオメガだからこそオメガを理解できるとも思うけれど、きっかけはそれではなかった。


「そんな大層なものじゃないんですけど・・・・・・私は発情期ヒートのショック状態をずっと引きずったままオメガ療養所コクーンにやって来て、何もかも投げやりになっていた自分を受け入れて、立ち直らせて貰ったんです。本当に献身的に支えて貰ったので・・・・・・・・・おこがましいかもしれないけれど、それを、少しでも返して行けたならと思って、転職を決めました。治験参加を決めたこともあって、出来るだけ西園寺メディカルセンターの近くに生活基盤を移したかったっていうのも、理由の一つなんですけど」


茜がどんな状況でも手を離そうとしなかった研究者の横顔を思い出す。


あれほど親身になってくれる理解者を、他に知らない。


「この町は、本当にオメガに優しいから」


一番優しい人の側に居たいと思ったのも、また事実だった。


「たしかに、西園寺メディカルセンターで働いていらっしゃるオメガの方ともお会いしましたが、皆さん生き生きしてらっしゃいましたね。オメガであることに劣等感を抱いている印象は受けませんでした」


「ほんとは、どこに居てもそうあって欲しいんですけど・・・・・・」


「そうですね・・・僕も、一日も早く悲しいニュースでオメガの名前を聞かない日が来ることを願っています」


立場は違えど、同じ目標を掲げてくれる人がいることは、心強いし頼もしい。


もっと背筋を伸ばして前を向こうと思える。


さらに足取りが軽くなって、これならもうちょっと欲張って買い物をしても良かったのでは、なんて思い始めた矢先、西園寺メディカルセンターの敷地の前でこちらを見て立ち止まった人影を見つけた。


遠目にも分かる長身と白衣は、間違いなく真尋だ。


彼とはあの夜以降連絡を取っていなかった。


次の検診は2週間後で、母親からの差し入れの荷物も届いていないので、会う理由がない。


それは普通の事のはずなのに、どうしてか違和感を感じてしまう。


理由は簡単だ、真尋があんなことを言ったから。


気まぐれに口にしたにしては、重たく響いたあの台詞を、どう受け止めて良いのか分からない。


たぶんそれは向こうも同じで、だから真尋は何も言って来なかったのだ。


「茜」


そのまま素通りしてくれればいいのに、わざわざ立ち止まって名前を呼んでくるということは、あの一件は無かったことにするという意思表示だろうか。


いつも通りの声で呼ばれたことにホッとして、同時に胸の奥がもやっとした。


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