第42話 プロテオミクス-2

そういえば、面談の時の二人の距離感はかなり近かったように思う。


学生時代から研究所ラボに出入りしている雫を、面倒見のよい真尋が気にかけるのは当然のことで、二人がセットであることになんらおかしな点はないはずなのに、そこに別の意図が含まれているように思えてしまう。


どうして真尋は雫の同行者に選ばれたんだろう。


尋ねずには居られなかった。


「・・・・・・・・・あの・・・真尋くんは、西園寺さんからお願いされて同行してるんですか?」


「え?いや、麻生が自分で参加するって決めたよ。講演内容に結構面白そうなのがあるからって、詰まってたスケジュール必死に捌いて出張申請通してたけど。抑制剤以外からの、発情期ヒートへのアプローチを考えるってテーマだから、余計興味を引かれたのかもね」


「・・・・・・真尋くんが、自分で・・・・・・」


「オメガ姫が学生の頃から世話焼いてたらしいから、一番気心も知れてるし、目付役にはちょうどいいっていうのもあったと思うけど・・・・・・・・・気になるなら、麻生に連絡してみれば?」


やんわりと水を向けられて、自分の気持ちが筒抜けであることに気づいて茜は唇を引き結んだ。


「~~っっ」


思い切り油断していたかもしれない。


「橘田さんのそういう顔見たって言ったら、麻生きっと悔しがるだろうなぁ」


東の空を見上げて肩をすくめる有栖川の表情はただただ穏やかで、からかう素振りは少しも見せない。


だから、余計隠しても無駄だと思ってしまった。


「・・・・・・・・・バレバレですか?」


つい先日自覚したばかりの気持ちを、本人に告げるより先に第三者に見抜かれてしまうなんて。


「うん。すごく。なんで気づいてないのか不思議でしょうがなかったよ。橘田さん、無意識に麻生にべったりなのにね。てっきり付き合ってるのかと思って訊いてみたら、そんなんじゃないって言われて拍子抜けした。麻生にしてもいくら義妹だからってあそこまで献身的になれるもんなのか疑問だけどね。俺も妹がいるけどここまで張り付いてはないよ」


「それは・・・・・・どん底から引っ張り上げて貰ったから・・・しょうがないと思います・・・・・・ほんとにあの頃は、命綱みたいに思ってたし・・・・・・真尋くんは、責任感強いし面倒見がいいから」


「命綱なのは今もでしょ?」


根底にある真尋に対する強い依存を綺麗に見透かされてしまった。


それが当たり前だったから、深く考えないようにしていたけれど、研究所ラボを退院してからもう4年になるのに、未だに真尋との関係が一ミリも変わっていないのは、やっぱり異常なのかもしれない。


これが普通だと認識していたのは茜だけで、真尋はすでのその先のプランについて考えていたのかもしれない。


「そう・・・ですね・・・・・・・・・でも、遠回しに独り立ちしろって言われて・・・・・・さすがに甘えすぎてたかなって・・・ちょっと思ったりもして」


もしも真尋が、茜との距離を正しい位置に戻そうとしているのなら・・・


「ほんとに麻生そういう言い方したの?」


「え・・・・・・た、たぶん・・・アルファに対する抵抗は薄れてるはずだから、大丈夫だ、みたいなことを・・・」


「ああー・・・・・・真っ当な意見を述べたんだ・・・・・・ふーん」


面白くなさそうに呟いた有栖川が、橘田さんさあ、と言葉を続けた。


「麻生に自分から連絡したことってあるの?」


「・・・・・・・・・いえ・・・ない、ですね・・・私が体調崩しそうなときは先に連絡が来るんで・・・」


食欲の有無を確認されて、必要なものを届けてくれるのは決して当たり前のことではないのだが、真尋と茜の間ではそれが普通になってしまっていた。


調子のよい時は、真尋のからの連絡で発情期ヒートが近いことを思い出したくらいだ。


それくらい彼は茜の体調の変化に最新の注意を払っていた。


茜が義妹で、オメガだから。


「俺が思うに、愛情って一方的じゃ成立しないでしょ?だから、たまにはこっちからも動かないとね。橘田さんの周りに、沢山の人間がいるように、麻生の周りにも沢山の人間がいて、彼らは麻生のことを物凄く必要としてる。研究者としても、人間としても」


「・・・・・・・・・そこには・・・・・・・・・」


「ん?」


西園寺さんも入りますか、とは怖くて訊けなかった。


「いえ・・・・・・大丈夫です・・・・・・失礼します」


オメガで研究者である西園寺雫は、茜なんかよりもよっぽど真尋に近い場所に居る。


研究者としての彼をより深く理解できるのは間違いなく彼女の方だ。


そして、オメガとしての素質も彼女のほうがはるかに大きい。


同じリングに上がったとしても、間違いなく茜には勝ち目なんて無い。


あるのは、きっと義妹という身内に対する情だけだ。


だとしても、それでも、真尋の手を離したくはないと、心から思った。

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