第13話 B-オキシダーゼ-1

「茜、気分」


気づかわしげに隣を伺ってくる真尋を見上げて即座に言い返す。


「悪くない、元気」


「熱っぽくも・・・」


「ないってば!これもう3回目!天丼!」


マンションの前まで車で迎えに来てくれた真尋の愛車に乗り込むなり、1度目の質問が飛んできて、ショッピングモールを歩き始めてしばらくした時に2回目の質問が飛んできた。


そして、目的の大型書店を前にして3回目の問いかけだ。


このあたりで一番大きい本屋さんに行きたいと言ったのは茜だ。


仕事にも慣れて来て、体調も落ち着いているので、少しだけ冒険してみようかなと思ったのだ。


そんな風に思えたのは、当然真尋がそばに居てくれるからなのだが。


まさかこうも心配されるとは。


治験を受け始めてから、今まで以上に過保護になった真尋は、顔を合わせるたびに体調を伺ってくる。


いつも通りと突っぱねても、ちょっとした表情の変化で微熱くらいならあっさりと見抜かれてしまうのだ。


有難いけれど本当に恐ろしい。


平日のショッピングモールは、休日ほどではないがそれなりに賑わっていて、シネマフロアに続くエスカレーターに向かう人の波は途切れることがない。


楽しそうな家族連れ、仲の良さそうなカップル、授業が早く終わったらしい学生たち。


ざわめきに包まれるのも久しぶりのことで、ああ、こういう感じだったなぁとしみじみしていると、隣から腕を掴まれた。


添えられた指が脈を取ろうとしているのだと気づいてげんなりする。


「ほんとに元気だから!脈は正常!発情期ヒートは当分先だし、薬も持ってるし、変な汗もかいてない!」


少しでも早く仕事に慣れようと無茶をして、施設内で突発的な発情トランスヒートを起こした時は、その直前にじっとりとした嫌な汗をかいた。


あの感じは来ていないので、恐らく突発的な発情トランスヒートも怒らないはずだ。


そして、茜の苦手なアルファの気配もこの距離だと一切感じない。


最初に突発的な発情トランスヒートに襲われた時は、こちらに近づいてくるアルファたちからどろりとした表現しようのない空気を感じて、怖くてたまらなかったけれど、あの時はパニック障害も併発していたからそう感じていたのかもしれない。


遠巻きにアルファの気配を察知することはあっても、あの時のような動揺はもう襲ってこない。


自分さえ発情期ヒートを起こさなければ平気だと思えるからだ。


体質に合う抑制剤を見つけられたことで、茜の体調は以前と同じ位良くなっていた。


薬を飲み忘れることさえなければ、一般人と何ら変わらない生活を送ることができる。


「薬は俺も持ち歩いてるけど・・・結構人いるぞ、平気か?」


「大丈夫って思えたから、お願いしたのよ。それに見たいのって専門書のコーナーだから、たぶんそんなに人もいないし・・・」


「・・・・・・本屋行きたいって気持ちには賛成なんだけどな・・・その倉沢さん?って患者にちょっと肩入れしすぎなんじゃねぇか?」


複雑な顔でこちらを見下ろす真尋を見上げて茜はどうにかため息を飲み込んだ。


「それ、真尋くんが言う!?」


有無を言わさず第二の主治医を名乗って入院期間中べったり張り付いて、頼んでもいないところまで面倒を見た人が何を開き直っているのか。


茜と真尋の義兄妹関係を知っている我孫子は、病室に来るたび生温い視線を向けて来たものだ。


『橘田さんのお義兄さんは、橘田さんのことを細胞レベルで把握しとかないと気が済まないらしいわ』


母親から頼まれてここに来たのだろう事はすぐにわかったし、一度顔を出せばそれで義理は果たしたと考えるだろうことも分かっていた。


だから、散々怒鳴り散らされた翌日も平然と真尋が病室に顔を見せた時には心底驚いた。


もう来ないだろうと思ったから、あれだけ好き勝手泣き喚いて怒鳴りまくったのに。


それから毎日欠かさず病室にやって来る真尋に最初は呆れて、そのうち慣れた。


1週間もしたら飽きてこなくなるだろうと踏んだ茜の予想は外れて、それ以降も真尋の来訪は続いて、いつしかそれが日常になった。


我孫子から伝えられていた検査結果が、真尋から伝えられるようになる頃には、ああ、この人本気で私の面倒見るつもりなんだなと理解した。


義兄妹というなんともあやふやな関係で結ばれた二人の絆は、そんな風に始まったのだ。


眦を吊り上げる茜の額をぴんと弾いて、真尋が開き直る。


「いや、俺は身内だから」


「身内でも知られたくないことはあるんだからっ!」


「おまえの心の内まで見せろとは言ってねぇだろ。興奮すんな」

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