第14話 B-オキシダーゼ-2


過度なストレスや、急激な感情の昂ぶり、様々な要因で突発的な発情トランスヒートは起こると言われている。


オメガだとわかった今だからこそ、つくづく思う。


どこまでも身体は心に引っ張られるものなのだ。


深呼吸を繰り返す茜の背中を宥めるように撫でながら、真尋が問いかけて来た。


「・・・その倉沢さん?そんな酷いの?」


「うちに来てからひと月だけど・・・抑制剤飲んでも三日に一度は突発的発情トランスヒート起こしてるのよね・・・・・・発情期ヒート中は発熱して、食べ物も受け付けなくなっちゃうし・・・元々華奢な人だから余計心配で・・・」


倉沢紗子は、茜が初めて栄養指導を任された入院患者だ。


食べ物の好き嫌いなんかも確認しながら、足りない栄養素を少しでも補って貰えるように献立を考えている。


線が細くて華奢な彼女は、思わず二度見してしまうくらいの美人で、一瞬業界人かと思ったくらいだ。


触れれば壊れてしまいそうな繊細な雰囲気を纏った彼女は、職場で突発的発情トランスヒートを起こしてオメガ療養所コクーンにやって来た。


同僚たちからは、その容姿が原因で遠巻きにされたり妬まれたりしていた彼女は、発情して同僚男性を誘った女性社員だという噂を流されてしまい、深く傷ついて心を閉ざしている。


そのトラウマが彼女を突発的発情トランスヒートさせているのだと、我孫子は話していた。


無理にでも食べなければ力は出ない。


あの時茜に真尋が無理やり食事をとらせたような強引な方法には出られないけれど、少しでも食事を口にして貰いたい。


その一心で、栄養学の本を探しにここまで来たのだ。


最初の担当だからって、熱を入れ過ぎないようにと先輩の管理栄養士からは言われたけれど、彼女を見ていると、オメガ療養所コクーンに入院したばかりの自分を思い出すのだ。


この世界から見捨てられたような気持ちになっていた時、茜を救ってくれたのは真尋だった。


だから、倉沢紗子にとっての真尋に、なりたいのだ。


隣に並んで一緒に未来に歩き出せるような存在に。


「ゼリー飲料と点滴でやり過ごしてんだっけ?」


「うん・・・・・・薬は飲んで貰わないと駄目だし、ほんとにいまは最低限の栄養素で維持してる感じ・・・」


「・・・・・・お前の好きなクロワッサンでも持ってけば?同世代の女子の好みなんて似たり寄ったりだろ?」


「私がクロワッサンせがんだ事根に持ってる?」


「いーや別に・・・・・・勉強になったなと思ってるよ」


「絶対うそ」


「いやマジな話。姫とのパン談義についてけてるから。パン・オ・ショコラって言ってやったら姫目え丸くしてたわ。有栖川はぽかーんだったけど」


「西園寺さん、パン好きなんだ?」


メディカルセンターの研究所ラボに努める西園寺雫は、真尋の後輩研究者だ。


茜の治験を真尋と一緒に担当してくれている若い女性である。


研究所ラボで唯一の紅一点なのだとか。


姫、という愛称がぴったりな幼顔に女性らしいまろやかな体型は、何というか男性のある種の理想を具現化したようだな、とこっそり思っている。


当然口にしたことなんてないけれど。


「お取り寄せグルメ好きでもあるな・・・うちで出てくる茶菓子全部あいつのチョイスだし」


「どれも有名店のばっかりだもんねぇ」


治験でメディカルセンターを訪れるたび、数量限定の人気菓子を何度も振る舞って貰っているのだ。


どれもテレビや雑誌で見たことのある有名店のもので、お値段もかなり高いものばかりだった。


「西園寺の姫は口が肥えてんだよ」


この辺り一帯を治める西園寺一族のお姫様は、生まれてから死ぬまで衣食住に困ることは絶対にない。


働かずとも食べていける彼女が、オメガの抑制剤の研究開発に加わっていること自体がかなりのイレギュラーである。


「茜、専門書のコーナーこっち」


天井からぶら下がっている分類プレートを見上げて真尋が手招きしてくる。


「真尋くん暇だろうから、お店の中ぶらぶらして来ていいよ?」


時間もかかるだろうし、せっかくここまで来たのだからじっくりと物色したい。


待たせるのは申し訳ないが、せめて自由時間にして貰えればと提案すれば。


「・・・気が向いたらそうするわ」


げんなりした返事が返って来た。

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