第12話 B-インテグリン-2

「なんでって・・・俺から言った方が早いだろ?治験の担当俺だし。これからはデータも共有するし」


むしろなんでの意味が分からん、という顔をされてしまった。


「・・・・・・・・・あのさ、研究所ラボの研究員の人っていっぱいいるんでしょ?」


「ほかの研究所ラボほど多くないけどな、それがなに?」


「・・・・・・いっぱい人が居ても真尋くんが担当なわけ?」


オメガ療養所コクーンに入院した時からずっと茜の第二の主治医状態の彼なので、まあそうなるだろうなと思っていたのだが。


「なんだよ、嫌なのかよ」


「嫌ではないけど・・・・・・データってさ、体重とか体脂肪率とかも入ってるんでしょ?」


入院患者だった頃は、そんなこと考える余裕もなかったので気にならなかったが、治験に参加して自分の身体を被験体として差し出すということは、自分の身体を調べる権利を相手に手渡すということで。


妙齢の女性の一人としては、顔見知りの義兄にセンシティブ情報を握られるのはやっぱり抵抗があるのだ。


いや、それ以前の問題で、発情期ヒートの周期も生理周期も把握されてるのだけれど。


「当たり前だろ。体重変動もチェックするから、食い過ぎたらすぐバレるぞ」


楽しそうに言い返して来た真尋の腕を遠慮なしに叩いた。


「デリカシー!!!!」


もうちょっと色々と配慮して貰いたいものだ。


これでも一応成人のアラサー女子なのだから。


「今更だろ?変なダイエットしたら、前みたいに無理やり食わせるからな」


ご飯は要らない、食べたくないとごねた茜の口におかゆを突っ込んだ男が自信たっぷりに言ってきた。


食べないと意地を張るなら口を開かせて食べさせるまで、と強硬手段に出た真尋の強気は茜の意地をねじ伏せた。


「あのねえ!私管理栄養士なんだから!ダイエットなんかするわけないでしょ!もしするとしてもめちゃめちゃ健康的に痩せるわ!」


これから再びオメガ療養所コクーンで管理栄養士として、入院患者たちに少しでも美味しく栄養を摂ってもらえるように頑張ろうと意気込んでいるのに。


「おまえさ、体質的に痩せると胸から減るだろ?だからやめとけ」


「うううううっさいなぁ!!!!!」


確かに、オメガ療養所コクーンに入院したばかりの頃はげっそりとやせ細っていて、胸なんてぺったんこだった。


食欲が落ちたな、と思ったらブラのカップが余りはじめてショックを受けたことを思い出す。


どうせならお腹周りの肉がなくなればいいのに。


「ほんっと二言くらい多い!」


「茜の怒鳴り声久しぶりに聞いたわ。おまえほんと元気になったな」


「元気になったからこれからバリバリ働いて、治験にも参加して、俯かずに幸せになってやるんだから!」


「おー・・・意気込みだけは立派。気合い入れ過ぎて空回りすんなよ。熱出すぞ」


入院してしばらくは解熱剤のお世話になっていた茜をよく知る真尋の言葉に、強気がほんの少しだけ鳴りを潜める。


「・・・ほどほどに頑張るわ」


「ん、そうしな。まあでも、スタッフもほぼ顔見知りだし、安心だろ?」


「うん・・・・・・面接行った日、知り合いのスタッフさんと会ってね、人足りないから来てくれたらほんとに助かるって言って貰えたんだ・・・・・・久しぶりに誰かに必要とされてめちゃめちゃ嬉しかったから」


「これからもっとそうなるよ」


「うん。そうなるように頑張る」


頷いた茜に、真尋がウィンカーを出しながら口を開いた。


「こっちでの買い出しは、俺が一緒に行くから、次の休みにこの辺りぐるっと回ろう」


「ほんとに・・・?助かる・・・けど」


忙しい真尋の手を煩わせるのは申し訳ないので、ネット通販に頼ろうと思っていたのだが。


「どうせ俺も日用品買うし。食料品も週末のまとめ買いでいいだろ?ショッピングモールもあるけど、一人で行くなよ」


「・・・・・・ありがと」


「母さんたちがやってたことは、ちゃんと引き継ぐから、おまえはとりあえず仕事に慣れることだけ考えとけ」


言葉にして投げられた先回りの優しさに、感謝と申し訳なさがいっぱいになる。


抑制剤を飲んで落ち着いてはいるけれど、どこでアルファと遭遇するか分からない場所にはいきたくないし、突発的な発情トランスヒートも怖い。


保守的な自分を変える勇気はまだない。


そして、両親も真尋も、それをする必要は無いと言ってくれている。


もうしばらくの間、甘えさせてもらってもいいだろか。


「・・・・・・・・・・・・うん」


素直に頷いたら、横から伸びて来た手のひらがぽんと後ろ頭を軽く叩いた。

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