第11話 B-インテグリン-1

「引っ越し手伝えなくて悪かったな」


マンション前に停めてある真尋の車の助手席に滑り込んだら、ひと月ぶりに会う義兄がハンドルから手を離してこちらを見つめて来た。


両親プラス義兄の賛成を受けて、オメガ療養所コクーンのオメガ採用枠に応募して、無事就職が決まって、引っ越し先を決める段からあれこれ相談に乗ってもらっていたので、さらにその上引っ越しまで手伝わせるのは申し訳なかったから、真尋が不在の時期に引っ越しが決まってちょうど良かった。


母親は、遠慮せずどんどんこき使いなさい、と言ってくれたけれど、オメガ療養所コクーンの入院患者だった頃ならいざしらず、社会復帰が決まった自分が、多忙な研究者を引っ張り回すわけにはいかない。


「お父さんたち来てくれたから平気。それより出張お疲れ様」


教授のお供で四国出張だと聞いていたので、てっきり連絡が来るのは明日以降だと思っていたのに。


「土産は後ろな」


運転を始めた真尋が、片手をハンドルから離して後部座席を指さした。


まさか帰って来たその日のうちに顔を見に来るなんて。


「まだ何も言ってないけど」


「出張先訊いて来た時点で催促されるの分かってんだよ」


讃岐うどんと、みかんジュースと・・・紙袋の中身を口にする真尋に茜は思わず笑み零れた。


「いやー察しが良くて助かるわぁ」


「だろ。腹は?」


「んー。ちょっと空いてる。てか真尋くん帰って来たばっかでしょ?」


「朝早めの高速バスだったから、俺腹減ってんだよな。おまえ引っ越し蕎麦食ってないだろ?」


「うん。お父さんたちとは隣の駅前の定食屋さんでご飯したけど・・・そもそもこの辺お蕎麦屋さんなくない?」


特急も急行も止まらない片田舎駅前にあるのは、小さな居酒屋とコンビニのみ。


ぎりぎり繫華街と呼んで良い通りが存在するのは隣の駅で、ここは賑わいとは無縁の町だ。


だから、オメガも受け入れてもらえる。


「北に上がったらうまい店あるんだよ。母さんたち元気だった?」


「うん。お父さん寂しがってたけど、オメガ療養所コクーンで働けることはすごく喜んでくれた。それに、この町が一番安心できるって」


町を挙げてオメガを受け入れようとする姿勢は、評価されこそすれ、住民すべての理解を得るのは難しい。


けれど、西園寺が昔から守って来たこの土地に生きる人間の、西園寺グループへの信頼は血よりも濃いらしく、あからさまな反対意見は上がらなかったようだ。


おかげで、オメガ療養所コクーンで働くスタッフも冷遇されることはない。


目と鼻の先にメディカルセンターがあるので、有事の際には真尋が駆けつけてくれるという安心感はやっぱり大きい。


もちろん、そこに甘えさせてもらうつもりはないけれど。


これからは、自分がオメガの力になれるように頑張るのだ。


「だろうな」


茜の言葉に真尋が頷いて、俺が親でもそう言う、と続けた。


オメガ療養所コクーンに入院中からずっと思っていたことだが、この義兄は意外と保護者意識が強いのだ。


こっちに茜が住まいを移すと決めた時点で、率先してあれこれ世話を焼いてくれるようになった。


兄妹の居ない茜にとっては、それがちょっとくすぐったくて照れくさい。


そして、それ以上に有難くて、申し訳ない。


本当に一番見せたくない場面ばかり見せて来て、カッコつけようのない自分なので、今更真尋に幻滅されようがないのだけが救いだ。


せいぜい立派に働いて、少しでも早く真尋を安心させてやろう。


「治験の説明来週だろ?我孫子さんに話通してあるから」


茜の元主治医で、もう一度主治医をお願いする事になるメディカルセンターの医師我孫子は、メディカルセンターの副施設長も兼任しているのだ。


就職の際の最終面談も、責任者の西園寺と、我孫子の二人によって行われた。


「え、なんで!?」


それは初出勤の日に自分から我孫子に話をしようと思っていたのに。


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