第45話 カリジン-1
「なんでわざわざ重たい専門書買うんだよ。向こう戻ってから買えよな」
「どうしても帰りの新幹線で読みたくなったんです!」
新幹線の時間ギリギリまで大型書店の本店で粘って物色を続けていた雫を引っ張って、八重洲口の改札を抜けて、ホームへと向かう。
体力もなければ運動神経もない雫は後ろでぜえはあ言っているが、是が非でもこの新幹線に乗らなくてはならないのだ。
「分かったからそっちの荷物貸せ。新幹線に間に合わなくなる」
彼女が買い込んだ専門書が入っている紙袋を強引に取り上げて、二段飛ばしで階段を駆け上がる。
ちょうど列車のアナウンスが聞こえて来た。
17時過ぎの博多行きのホームはスーツ姿のサラリーマンの姿が多く見受けられた。
「室長残して帰るとかいいんですかー?」
「飲み会に顔出しても面倒なだけだろ?室長だけならまだしもお前のお守りまでできねぇよ」
講演会の後、懇親会という名の打ち上げに呼ばれた室長に、お先ですと挨拶をして早々にホテルを後にしたのは絶対に捕まりたくなかったから。
「とかなんとか言っちゃって、私をダシにしてどうしても今日中に戻りたかったんですよねー?」
「そうだよ悪いか、仕事山積みなんだよ。ほら急げ姫、もう到着してる」
「わわっ!待ってくださいよ、麻生さん!」
最後は雫の腕を引っ張って予定通りの新幹線に飛び乗る。
いくつか車両を移動して予約済みの座席に腰を落ち着けたところで雫が早速専門書を開きながら生意気な口を叩いてきた。
「仕事じゃなくて、橘田さんでしょー」
「あれ、俺口に出てた?」
言ったつもりはなかったはずなのだが。
「言ってませんけど、顔に出てました。一昨日はメッセージ見た途端急に不機嫌になってビールお代わりするし、今朝はやたら機嫌良くなって朝からあれ食べろこれ食べろって勧めてくるし・・・バレバレですからね。ほんとに麻生さんの機嫌バロメーターは、橘田さんが握ってるんだから」
思い切り図星を突かれて、慌ててタブレットを起動させる。
一昨日の夜はいきなり有栖川からメッセージが届いたと思ったら、なぜか茜の後ろ姿の写真付き。
”橘田さんて、可愛いよね”
という意味深な文言を見た瞬間、秒速で保存した写真を消せと送り返した。
何勝手に人の義妹を盗撮してやがる。
場所は明らかに西園寺メディカルセンターで、有栖川に会ったということは、なにか用事があって
急遽決まった出張で、茜は
何かあったのかと気もそぞろになりながら初日の夕飯の後、ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びて、茜に連絡をしてみようか、それとも有栖川を問い詰めようかと迷っていたところに、泥酔状態の室長から迎えに来てくれと連絡が入って、慌てて会食会場まで舞い戻る羽目になり、鬱々とした気分で二日目の講演会を終えて、今日こそやっぱり茜に連絡を入れようと決めたところで、タイミングを見計らったかのように、茜からメッセージが届いた。
”明日何時の新幹線で帰って来るの?”
こんな風に尋ねられたのは初めてのこと。
有栖川から出張の話を聞いたらしい彼女が、こんな文面を送ってくるということは、少なからず真尋に会いたい気持ちがあるからなわけで。
研究者としての見解は正しく述べて、一通りの筋は通した。
だから、次は研究者でも義兄でもない立場から茜と向き合おうと思っていた。
都築のようなアルファがこの先何人現れたとしても、自分より側に近づけるつもりはないことをはっきりと示すつもりだ。
「うっせーな、モチベーションと言え。コーヒー買ってやらねぇぞ」
「あ、要ります。ごちそうさまです。でも、いいですよねぇ・・・橘田さん・・・・・・最初っから一番安全なアルファが側に居てくれるんだから・・・・・・」
カートを押してやって来た添乗員からコーヒーを二つ買って、希望通りミルクと砂糖を二つずつ貰って渡してやる。
「・・・・・・ベータ擬態してるけどな」
「橘田さんのアルファ嫌いが治るまで、ずっとそうするんですか?」
「そのつもりでコレ付けてるからな・・・・・・最初は姫のためのフェロモン抑制装置だったけど、今はもう茜のためだな、完全に」
これがないと、彼女の側に居られない。
だから、抑制装置は真尋にとっては命綱のようなものだ。
あの全幅の信頼を欠片も裏切らないために、一生アルファに戻れなくてもいいとさえ思っていた。
都築が現れなければ、多分その気持ちは揺らがなかったはずだ。
「私はアルファ側の気持ちは分からないんですけど・・・・・・ずっと大事な子を前に何も言えないのって苦しくありません?」
「俺、この間まで茜に一切そういう感情持ってなかったからな」
「え?」
「アルファが駄目だって言われて、抑制装置もあるしそれならベータとして接しようと思って、ずっとその通りにして来て、なんも問題は起こらなかったし、茜は自分の生活を取り戻すのに必死でそれどころじゃなかったしな。力になってやりたいと思ったし、茜の為にもっといい薬を開発したいとも思ったけど、俺がどうこうするとか考えてなかった。たぶん、考えないようにしてたんだろうな。自分がアルファだってことを思い出したら、間違いなく惹かれる自信があったから」
真尋の言葉に心底冷めた眼差しを返しながら雫が言った。
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