第44話 トランスクリプトーム-2


半年ごとの蔵書点検はある意味図書館の裏方仕事のメインイベントでもあった。


「遠山さんたちがその分サポートに入ってくれてるんだけど、みんな子供さんいるから時短勤務だし、私も発情期ヒートでお休み頂くことも多いから、出来ることは早めにしておきたくって」


「その気持ちはめちゃくちゃ分かる!でも、それでまた突発的な発情トランスヒート起こしたら大変だから、無理は絶対しないでよ?どうせ持ち帰りで仕事・・・あーやっぱりしてる」


「データ登録くらいなら、家でも出来るから」


テーブルの上に開きっぱなしのノートパソコンを覗き込んで茜が溜息を吐いた。


もっと早く彼女の体調変化に気づけていたら、フォロー出来ることがあったはずなのに。


「・・・私、図書館の仕事ほんとに好きなのよ。大学で司書資格取った時には、いつか年を取って正社員続けられなくなった時に、趣味程度に働けたらいいかな、くらいの軽い気持ちだったんだけど・・・オメガだって分かった時、それだけが希望になったから。まだそこには自分の居場所があるって思えたから・・・・・・これだけはめげずに頑張りたいの。だからやれることは何でもやるつもり・・・・・・だって私、これしかないし」


「司書の仕事は紗子に合ってるしすごくいいと思う。好きな事仕事に出来るのは幸せなことだもんね」


「うん・・・・・・だから、茜が話してた、マトリの・・・都築さん?とは会えないから、ごめんね。まだそんな気持ちにはなれなくて・・・もうちょっと突発的な発情トランスヒートが落ち着いたら、また考えてみるね」


紗子の言葉で、置き去りにしていた問題を思い出した茜は、きゅっと眉根を寄せた。


「あのさ紗子、その事なんだけどね・・・・・・実は、私の方でもいろいろあって・・・」


「え?何があったの?・・・ごめんね、全然茜の話聞いてあげられてなかったよね」


クッションの枕からわずかに頭を持ち上げた紗子をもう一度ソファに押し戻して、乱れた髪を優しく撫でてやる。


茜が副作用で熱に浮かされている時、真尋が同じようにしてくれていた。


「んー・・・・・・都築さんから、オメガであることを踏まえたうえでもっと仲良くなりたい的なことを言われたんだけど・・・・・・」


「わあ、すごい!茜に運命を感じたってことでしょ?」


「運命かどうかは分かんないんだけど・・・・・・・・・言われた瞬間、真尋くんのこと、思い出したんだよね・・・・・・どれくらい支えて貰ったのかとか、一緒に居たのかとか、とんでもない迷惑かけたこととか、八つ当たりしたこととか・・・・・・一生懸命気持ちを伝えてくれた都築さんを前に、私の頭のなか、真尋くんでいっぱいになっちゃって・・・なんか、申し訳なくて・・・」


改めて言葉にすると尚更真尋の存在が胸の中で大きくなっていることに気づいた。


ずっと心の底にあった気持ちがいまやっと芽吹いて花を咲かせようとしているのを感じる。


紗子がそっかーと柔らかく笑った。


「・・・・・・やっと気づいたんだ・・・・・・ブラコンじゃなかったね、茜・・・・・・最初に麻生さんの話聞いた時から、そうなるんじゃないかなーってずっと思ってたの」


「・・・・・・・・・ブラコンて言い続けて、真尋くんがこのまま側に居てくれるなら、それでもいいやって思えるくらいには・・・・・・好き。でも、真尋くんが私の側に居るのは、お母さんから頼まれたことと、研究者としての立場があるからなんだよね・・・・・・だから、都築さんが苦手じゃないって伝えたら、この先もっとそういうアルファが見つかるかもしれないって、未来にちゃんと目を向けるように諭された」


茜の言葉に、紗子が怪訝な顔になる。


「・・・・・・茜の話を聞いてる限り、麻生さんもかなりのシスコンてことになるけど・・・・・・本気でそんなこと思ってるのかなぁ・・・?だって、研究所ラボの研究者はほかにも沢山いるのにずーっと茜のことは麻生さんが診てるんでしょう?」


「・・・・・・・・・うん・・・それはそうなんだけど・・・・・・そこはほら、家族のよしみ的なことも、かなりあるのよね。うちのお母さんて超がつくほど過保護だから、相当真尋くんにも私のこと頼んでるはずだし・・・・・・・・・それにね、研究所ラボに、可愛い女の子の研究者がいるのよ。私なんかよりずっと真尋くんの近くにいられる子なの。いつも私の治験の面談はその子と真尋くんと三人なんだけど・・・すごく仲良くて・・・・・・・・・もしかしたら、あの子の事が気になってるのかもしれない」


これまで当たり前のように向けられていた眼差しが、ほかの誰かにも向けられている可能性について、考えたことが無かったのだ。


だから、西園寺雫の存在をはっきりと認識した今は、物凄い不安がある。


「それで、どうするの?」


「・・・・・・・・・どんな形であれ離れたくないって、伝えたいなって・・・思ってる」


それが、どんな形であったとしても、やっぱり命綱は手放せないから。


「きっと大丈夫よ」


紗子が未来を見透かしたように綺麗に微笑んだ。

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ブラザー・コンプレックス ~義兄アルファからの溺愛が止まりません~ 宇月朋花 @tomokauduki

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