第21話 テロメア-2
オメガの魅力はベータとアルファをそのフェロモンで無限に引き寄せることだと誰かが言っていたけれど、向き不向きがあると思う。
これが後10年若かったら違ったかもしれないけれど、30歳の自分がアルファの前で媚を売るのは、恥ずかしいを通り越して情けない。
うん、やっぱり堅実に地味に生きていこう。
茜の質問を受けて、もう一度にぎわうコーヒーショップの前に視線を送った真尋が、面白くなさそうに視線を戻した。
それから、最後の唐揚げを口に運ぶ。
「・・・・・・したくないな」
「でしょ、私もしたくない。痛いし怖すぎるでしょ・・・・・・・・・だから、しない。なんかお母さんが色々調べて、オメガとアルファの為の結婚相談所みたいなところで成人オメガ募集してたから、登録だけでもしてみたらどうかって言ってくれたけど。ほら、その昔うちに入院してた患者さんが結婚相手見つけた相談所、たぶんそれだと思う」
「あーなんか前言ってたな」
珍しく真尋が気色ばんだ声を上げた。
マメな母親は、娘にも息子にもこまめに連絡を取っていたはずだが、この手の話題はしていなかったらしい。
「うん。お母さんの話によると、プロフィール見たアルファとオメガがお見合いできるように仲介人の人がセッティングしてくれるんだって。普通の相談所より割高らしいけど、裕福なアルファが登録してるらしくて、安全だからって。三十路の娘を持つ親は大変みたいね」
「断ったの?」
「登録してもどうせ会えないし、まだアルファには抵抗が・・・ってやんわりね。なんか言われたら、研究者の立場から上手い事言っといてくれると助かる」
「それは・・・いいけど・・・・・・母さんそんなこと考えてたのか」
「ベータの真尋くんは、ほっといてもどっかの誰かと結婚するからいいだろうけど、私はそう言うわけにはいかないから余計心配なんだと思うわ・・・・・・気苦労ばっかり増やしてる気がするな」
「・・・・・・・・・それは体質関係なく親なんだから、心配するのは当たり前だろ。おまえが色々気にしすぎなんだよ」
呆れた顔で言った真尋が、付け合わせのピーマンの炒め物を皿の端へと避ける。
彼と食事をするようになって数年になるが、未だにピーマン嫌いが直っていない。
「あ、ピーマン避けないで。ピーマンの緑の色素には抗酸化作用があって、免疫力を高めたり、発がん防止の効能もあるし、ピーマンの匂いには血液をサラサラにする効果もあって、ビタミンCも含まれてるんだから」
管理栄養士としてどうしても見過ごせずにねめつけるように言い返せば。
「はいはい分かったよ・・・茜、おまえどんどん口煩くなってくな」
「真尋くんが口煩くなるから比例してんじゃない?」
「は?俺別に口煩くねぇわ。研究者として必要なことを伝えてるだけだろ?」
「えええそうかしら?今日だって西園寺さんが何か言うたび横から口挟んで補足説明して、面談時間20分もオーバーしたでしょ?西園寺さん呆れてたよ」
治験申請を行った時点で必要な情報は確認しているのだが、検診のたびに上がってくるデータをもとにあれこれと専門用語を並べて茜の身体の状況について事細かに説明したがるのは真尋の悪い癖だ。
「いや、でも言っとかないと不安だろ?」
「なんでよ?不安はないわよ。あったら治験受けてないし。いつもお任せしますって言ってんでしょ」
「・・・・・・・・・説明義務があるんだよ」
「いや、ないね、絶対ない。あんな難しい成分並べられても普通の人、理解できないわよ」
管理栄養士試験に受かるために必死に勉強して詰め込んだ沢山の知識をもってしてもさっぱり太刀打ちできないレベルで難しいのがオメガバースの世界だ。
現在もすべてが解明されていない研究途中の分野だけあって、もたらされる情報は日々変化しているし、生み出される新薬も様々だ。
きっぱりと言い返せば珍しく苦い顔になった真尋が黙り込んだ。
いつもやり込められるのはこちらの方なので、ちょっと勝った気になって胸を張った。
その直後。
「橘田さん、今日はこちらだったんですね」
カフェテリアの入り口からこちらに会釈をするスーツ姿の男性が見えた。
厚労省からオメガバースの研修を受けに来ている麻薬取締官の都築だ。
オメガ
「都築さん、お疲れ様です!今日はこちらで研修ですか?」
「ええ。イノベーションチームとの合同会議の後、夕方にはまたオメガ
連れと一緒だったことに気づいた都築が申し訳なさそうに頭を下げてくる。
初対面の時もそうだったが、マトリだと思えないくらい見た目も態度も柔らかい彼は、オメガ
補助資金増額のために、厚労省への印象を少しでも良くしておきたい狙いもあって、社員全員で全力接待状態なのだ。
気を遣わせてはいけないと大急ぎで立ち上がる。
「ああいえ、もう戻るところだったので・・・会議室、お分かりになります?ご案内しましょうか?・・・・・・それじゃあね、真尋くん」
笑顔で都築にこちらです、と手で示せば、彼が気づかわしげな視線を茜の後ろに投げた。
真尋がジト目でこちらを睨んでいたが、笑顔でねじ伏せて都築のアテントへと戻る。
真尋の視線の意味なんて、考える余地もなかった。
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