第20話 テロメア-1
「どした、ぼーっとして。貧血か?」
食事の手が止まった茜に気づいた真尋が、窺うような視線を向けて来た。
ランチタイムをとっくに過ぎたカフェテリアはガラガラで、遅昼を取りに来た社員が数名いることと、併設のコーヒーショップの前で見目の良い事業部長補佐が数人のオメガ女子に囲まれている以外はいたってのどかだ。
治験の検診日で、半日がかりで検査とカウンセリングを受けた茜が疲れたと思ったらしい真尋に向かって平気だから、と返す。
黙っていてもこちらの表情や顔色から機敏に体調変化を察知する男の前ではもう無駄な意地も見栄も張らないと決めているのだ。
いま頭を占めているのは別の事だった。
「ううん・・・ちょっと考え事」
茜の視線の先にいる事業部長補佐を一瞥して、真尋が合点がいったように頷いた。
「うちの名物の一個だよ。社内の独身最優良アルファだと」
気前よく全員にフラペチーノをご馳走してやる事業部長補佐の人気ぶりはすさまじく、オメガ
特定の恋人を作らず、戯れのように割り切ってオメガと遊ぶアルファは珍しくないが、ここまで博愛主義であと腐れがないのも珍しい。
社内のアイドル的存在だとオメガ
食事もエッチもファンサの延長なんだよ、きっと!と豪語していた彼女の気持ちは残念ながらちょっと理解できない。
「ちょっと前までは考えられなかったよねー・・・」
茜のオメガ属性が発覚した頃は、オメガは後ろ指さされるのが相場と決まっていたから、自ら第二性別を晒して運命のアルファを求めるなんて考えられなかった。
いつやって来るか分からない
それが今はどうだろう。
目の前のオメガ女子たちは生き生きと自分の魅力をアピールして、アルファを求めている。
西園寺グループは、積極的にオメガの採用を行っているから、社内にオメガ女子が多いせいもあってこういう現象になるのだろうが、茜にとっては別世界の出来事のようだ。
「どんどん新しい抑制剤も開発されてるし、体質に合ったものを見つけられれば副作用も少ないしな。あの世代はオメガバースの教育を受けてるからとくに属性への抵抗がないんだよ」
少数派であるオメガは、保護されるべき対象であり、差別の対象ではないときちんと教えられている彼女たちは、自分を恥じる事が無い。
むしろ、オメガである自分に可能性すら感じている。
ガラスの靴を履く権利を持っている数少ないシンデレラ候補の一人なのだと。
「ああいう子たちが、運命の番探しをしたくなるのよね」
「・・・・・・・・・お前は?」
「なんで私」
「いまの治験薬、
「いまは薬も飲んでるし、この町に居る限りオメガだって引け目を感じることもないし、なにかあっても真尋くんや
「そっか・・・」
茜が入院して間もなくオメガ
オメガ
オメガ
それぞれの状況に応じて適切なケアプランを組み立てて社会復帰を目指す施設に、メディカルセンターの第一線で活躍している研究者が足を運ぶことは珍しくないが、一人の患者の担当になるのは前代未聞の出来事だったらしい。
何も分からないまま、再会の挨拶もそこそこに抑制剤の種類と茜の体質に関する説明を受けてぽかんとする茜に、真尋は一言、大丈夫だから、と言った。
理解の範疇を超えてしまったオメガ属性を前に途方に暮れるしかない両親は、茜を抱きしめて一緒に悩んでくれたけれど、解決策を差し出してくれることは無かった。
それは当然だ。
誰も知らない未知の性質だったのだから。
けれど、真尋だけは違った。
大変でしたね、辛かったですね、と寄り添うスタッフとは別の言葉をくれたのは、彼が初めてだった。
”必ず体質に合う抑制剤は見つかるし、無かったら俺が作るよ、だから大丈夫だ”
その言葉は、何よりも救いに、支えになった。
いまも検診日以外に茜が西園寺メディカルセンターを訪れるたび、ああして待ち伏せしては鬱陶しいほど気にかけてくれる義兄の煩わしいほどの気遣いのおかげで、一度も俯くことなく今日までやって来られた。
だから、アルファ探しは必要ないのだ。
「それにさ、真尋くん、考えてみなさいよ。私があの輪の中に入ってるところ、想像できる?」
少しでも事業部長補佐の気を引こうと黄色い声を上げるオメガ女子の一員となった自分を思い浮かべようとして、無理だなと思った。
年齢的にも、性格的にも無理だ。
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