第29話 コヒーシン-1
「・・・・・・・・・お母さんのお漬物じゃなかったんだ」
日曜の夜、下まで行くから降りてこいと真尋に呼び出されたかと思えば、差し出されたのは母親お手製のぬか漬けではなく、駅前のパン屋の紙袋だった。
茜が管理栄養士になりたいと伝えてから一気に健康志向が加速した橘田家は、有機野菜を取り寄せたり、味噌づくりを始めたりとオーガニックな生活スタイルに移行していた。
いまでは毎年母親お手製の味噌、梅干し、梅酒が届けられるし、定期的にぬか漬けも送られてくる。
「俺は一言も実家からなんて言ってねぇよ」
「いや、うん、そうなんだけど、でも大体真尋くんが来るときはお母さんからの荷物だったし。でもさ、なんでパン屋?」
ぬか漬けは保存も大変だし匂いもするから大量に送られるのは困ると伝えてから2週に一度は小分けにしたものがどちらかの家に送られてくるのだ。
「茜は朝はパンがいいだろ」
オメガ
両親の離婚以降、同居していた祖母が亡くなるまではずっと朝は和食を食べていた反動かもしれない。
とくにこだわりはないのだけれど、そんなことまでしっかり把握されていたことのほうに驚く。
「いいけど・・・・・・なんで急に?」
真尋がオメガ
「懇親会はどうだった?」
「そこが気になるの?」
拍子抜けの質問に唖然と言い返せば。
「あのマトリ、アルファだぞ」
そっけない一言で告げられた事実は、すでに承知済みの事で、どうしてわざわざそれを真尋が口にするのか分からない。
オメガを保護するためのオメガ
「知ってる。自己紹介の時に説明されたから」
「・・・・・・・・・知ってて避けなかったのかよ・・・お前さ、もしかしてアルファ嫌い直った?」
探るように向けられた視線は、研究者としてのそれ。
オメガ
茜のようにフェロモンを察知して忌避するタイプが殆どだが、中には一部のアルファだけを苦手とするオメガも存在する。
まだまだ全貌が解明されていないオメガバースの分野なので、研究の一環で気になっているのかもしれない。
「直ってはないと思う。市成さんは苦手だし・・・・・・ただね、なんかちょっと分かったことがあって」
「なにが?」
「私、いかにもアルファって感じの人が苦手なのよね、多分。こう、アルファであることをひけらかすじゃないけど、オーラとかで全面に押し出してる人いるでしょ?道を歩けば女の子がこぞって振り返るような存在感あるタイプ。ああいう狩猟本能強そうなアルファが苦手なんだと思う。でも、都築さんって物凄く理性的で雄っぽさが皆無なのよ。だから、多分オメガとしての危険性を感じずに済むから、苦手じゃないんだと思う。あと、フェロモンが弱いのかも」
「茜・・・・・・お前さ、あの男のことどう思ってんの?」
「いい人だと思うよ。実際一緒に仕事してみても誠実だし、私たちオメガへの配慮が本当に行き届いてて、こういう人に救われるオメガは幸せだろうなって思う」
自分がアルファ属性であることを最初から公表して、そのうえでオメガへの正しい理解を深めたいと頭を下げる彼には、好感しか抱けなかった。
実際彼はオメガ
オメガ
「・・・・・・・・・いい人って、それだけ?お前が嫌わないアルファ初めてだろ」
「仕事の話しかしてないのに、それ以上の何を感じろってのよ。なに、真尋くんもお母さんみたいに、運命の番を探せって言ってくるわけ?」
勘弁してよと肩をすくめれば。
「言うわけねぇだろ」
手に持っていた紙袋を押し付けられると同時に疲れ切った声で反論されてしまった。
彼は、茜がオメガ
恐らく茜以上に茜のことを正しく把握しているのは真尋だった。
「うん。そうよね。で、検診の結果はどうだったの?気を付けることがあるなら言ってくれればちゃんと守るようにするから」
「いや、だから、治験は順調だし、お前の体質にも合ってるよ。このまま薬が馴染めば長期的な
「ほんとに?」
「嘘言うわけねぇだろ」
「じゃあ何を隠してるのよ」
「は?別になんも隠してなんか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます