第47話 クロラール-1
「あの後ちゃんと時間が取れないまま、結局今日になってしまって申し訳ありませんでした」
少しだけ時間を下さい、とお願いして、初めて終業後に都築を空き会議室へ呼び出した。
食事会の後、
受け取った名刺に書いてあった仕事用のスマホに、プライベートな内容で連絡を入れるのは憚られて、結局彼がオメガ
どういう風にこの話題を切り出せばよいか分からなかったというのも、大きな理由の一つである。
大学生の頃付き合った唯一の彼氏にも自分から告白した茜なので、誰かから口説かれるのは初めての事だったのだ。
どんな風にごめんなさいを言えば、双方が深い傷を負わずに済むのかさんざん悩んで、けれど結局答えはなにも出て来なかった。
だから、用意しているのは、体当たりでごめんなさいを告げる気持ちだけである。
日中は、西園寺メディカルセンターとオメガ
こちらでの仕事に加えて、現在マトリが抱えている案件についての情報共有も行っているというから、彼のスペックは相当なものなのだろう。
「いえ・・・こちらこそ、あんな場所で切り出す話題ではなかったと、あの後反省しました。麻生さんは、大丈夫でしたか?」
気づかわしげな表情を浮かべる都築は、朝から立て続けのスケジュールをこなしてきたとは思えないくらい清々しい佇まいだ。
酷い時には二徹、三徹も珍しくないというマトリの激務と比べれば、オメガ
「え?麻生さん・・・ですか?」
茜ではなくて真尋について質問されるとは思わなくて、思わず聞き返してしまった。
「あの日、お店にやって来た麻生さんは少し冷静さを欠いていたように見えたので」
「ああ・・・・・・はい、えっと、大丈夫です。あの日はちゃんと家まで送って貰いました。私の体調を気にして迎えに来てくれたんです。あまり外では飲まないようにしているので」
たしかにあの日お店まで迎えにやって来た真尋の表情は険しくて、車に乗り込んだ後もしばらくは気まずい空気が流れていた。
「そうでしたか・・・彼に、余計な心配を抱かせてしまったことを申し訳なく思います。浅慮でした」
律儀に頭を下げる都築に、顔を上げてくださいと即座に返した。
「いえ、そんなことは!」
「橘田さんの気持ちは、分かっていたんですが、どうしても直接尋ねずには居られなかった・・・・・・」
苦笑いを浮かべた都築の顔は、有栖川が茜に向けたそれとどこか似ていた。
隠しきれない恋慕が表情や態度に出てしまっていたんだろう。
なんせ数年ぶりに自覚した恋で、相手は一番身近な人物。
これで動揺するな顔に出すなという方が無理だ。
そこまでバレバレだったにもかかわらず、ちゃんと言葉で茜に気持ちを伝えてくれた都築には本当に頭が下がる。
だからこそ、真摯な気持ちを返さなくてはならない。
後悔を残さないためにも。
「・・・・・・・・・あの・・・・・・正直に申し上げますと・・・都築さんの言葉には驚きましたけど、嬉しかったです。私は、やっとオメガの自分と向き合えるようになったばかりでまだまだ至らないことだらけなんですが、それでも、オメガの私を認めて貰えて、嬉しかったです。仕事に邁進する都築さんを側で見ていると、尊敬することばっかりで・・・・・・憧れるところばっかりで・・・・・・でも、すみません。私、もう心を赦す相手は昔から決まってるんです。ずっと当たり前だと思ってた色んなことに、都築さんのおかげで気づくことが出来ました。だから、その人の心以外は受け止められません。ごめんなさい」
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