第6話 B-オプシン-2
茜がオメガ
微熱が出たと連絡を受けただけで飛んでこられた時には、自分が重症患者になったような気がしたものだ。
母親から、くれぐれもよろしく、と頼まれているとはいえ、成人済みの義妹のためにここまで時間を使わせるのは申し訳ない。
実家に居た頃、時々耳にしていた真尋のプライベートはそれなりに充実しているようだった。
母親は一度だけ会った事のあるらしい年上の恋人は、好感が持てる素敵な女性だったと聞いていた。
きっと理解のある相手なのだろうが、ここまで身内を優先されるとさすがに腹も立つのではないだろうか。
少なくとも茜だったらモヤモヤする。
「ん?あー・・・別れたから」
シレっと告げられた事実に、目の前が真っ暗になった。
「えっ!?どどどうしよ!私のせい!?」
尋ねるまでもなく自分のせいだ。
結婚適齢期の義兄の将来をとん挫させてしまった責任で泣きそうになる。
「ちげぇわ。向こうも仕事忙しかったし・・・潮時」
「・・・・・・なんか・・・ごめん」
「馬鹿。謝るなよ。俺が振られたみてぇだろが」
「え、だって振られたんでしょ?」
「決めつけんな!」
鋭いツッコミが飛んできた。
「話し合って、お互いのよりよい未来のために、別の道を行きましょうっつー話になったの」
良くある話だよ、と零した真尋の表情はどこまでも冷静で穏やかで。
けれど、彼が足繫くオメガ
「・・・・・・・・・あーそっか。一人で寂しくなったから、毎日ここ来てるんだ」
きっと一人になった途端、色んな気持ちがこみ上げてくるんだろう。
孤独に押しつぶされてしまいそうな心境は、きっと誰よりも茜自身が理解できる。
そうと知っていたら、もう少し優しく彼の事を迎え入れてあげたのに。
少しでも義兄の寂しさに寄り添おうとこくこく頷いて微笑めば。
「その同情的な視線やめれ」
疲れた声と顔で言い返された。
「いやだって同情するでしょ普通・・・アラサー男子の孤独を思うと・・・なんか複雑だわ」
「うっせーな。今はそれよりやることあんだよ」
吐き捨てるように言って、真尋がアイスコーヒーを飲み干した。
「やることってなに?」
「抑制剤、どうにかしねーとな」
いままさに彼が携わっている抑制剤開発への意気込みを露わにする真尋に、余計哀愁を感じてしまう。
「・・・・・・・・・寂しさを仕事で埋めようっていうのはセオリーだけどさぁ・・・」
ああ、そういう時期が私にもあったなぁ・・・
振られた翌日からバイト増やして必死に働いたあの日々が懐かしい。
「仕事で埋める暇もねぇわ」
「あ、そうなの?」
「俺はこれでも誠実な男なんだよ」
「・・・・・・・・・別に不誠実を理由に別れただなんて思ってないけど」
というか、もしそうだとしても、義兄のそういう話は聞きたくない。
気まずいし、母親のことを思うと可哀想になってしまう。
「茜がここにいる間は、最後まで面倒みるよ」
自分に言い聞かせるようにきっぱりと言い切って、真尋が一つ頷く。
実際彼を頼ってここに入ったので、何とも言えないのだが。
「・・・・・・私に口煩くすることで寂しさを紛らわすのやめてね・・・マジで」
「・・・おまえもいちいち人が飲むコーヒーに口出すなよ」
「それは出すよ。これでも一応管理栄養士だし。家にいた頃は、お母さんと一緒に栄養バランス考えて献立作ったりもしてたし・・・仕事だって・・・・・・」
身近な誰かの健康を少しでも守りたいと思うのは至極当然のことだ。
真尋の言った通りなのかもしれない。
やっと、自分以外のことに目を向けられるようになってきた。
抑制剤が効いて来たおかげなのだろう。
人は余裕が出来ると、誰かに心を向けたくなるものらしい。
そして、今、茜が心を向けられる相手は、義兄の真尋しかいない。
「仕事・・・・・・また出来るかなぁ」
ここに来たばかりのころは、先のことなんて何一つ考えられなかった。
「・・・その気持ちがありゃ、何でも出来るよ。全部おまえ次第」
静かに真尋が答えた。
「ん・・・」
「焦んなくてもいいだろ、別に。家に帰ったら、おまえのこと構いたくてしょうがない親が待ってんだから。ゆっくり考えて、相談しろよ。誰も茜に未来を急かしたりしねぇよ」
まるでちょっと先の未来を盗み見して来たような真尋の言葉に、思わず笑みがこぼれた。
ぶっきらぼうなくせに、根っこの部分でちゃんと優しいのだ、彼は。
「・・・・・・・・・そんないいこと言えるのになんで振られちゃったの、真尋くん」
にやっと笑って問いかけたら、真尋が茜のカフェオレを奪い取った。
「うっせえわ!振られてねぇよ!」
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