第16話 B-エンドソーム
「おまえがそう言うならいいけど・・・無理そうだったらすぐ言えよ」
言わなくとも顔色の変化で先に気づいてしまうだろうけれど。
「うん」
真尋の念押しに素直に応じた茜が、魚介たっぷりのトマトソースのパスタをフォークに巻き付ける。
トマトはリコピン~疲労回復に老化防止~と口ずさみながらオーダーを決めていた。
週に一度の買い出しのたびに、遅めのランチを食べて帰ることが多いので、茜の即興曲はもう飽きるくらい聞いて来た。
オメガ
真尋に向けられる信頼はそれはもう絶大で、義兄妹の気安さからか遠慮を忘れた彼女から繰り出される辛口はなかなか厳しいし、可愛げもない。
けれど、不思議とそれが嫌じゃない。
「んで、それ全部食えんの?」
「え?もちろん」
「だよな」
食欲が落ちていないなら大丈夫だろうと踏んで、真尋自身も食事を再開する。
釜揚げしらすとホタテの冷製パスタは、茜が迷っていたもう一つのメニューだった。
彼女が食べたいものを食べたいだけ食べられるように、こういうオーダーの仕方をするようになったのはいつからだろう。
しらすとホタテをじいっと見つめる茜、に食え食え、と促せば。
「さきに言ってよ」
待ち構えていたように、茜がフォークを伸ばして来た。
美味しそうにパスタを頬張る茜を横目に、アイスティーを口に含む。
「んー美味しい・・・しらすのカルシウムってすごいんだよ。タンパク質もビタミンDも含まれてるし」
「うんちくはいいよ」
調子が良い時ほど茜のうんちくは増えるし長くなるのだ。
苦笑いを零した真尋に、茜が思い出したように微笑む。
「紗子にもね、食欲ない時は、しらす丼がいいよって教えてあげたの」
茜が初めて担当したオメガ
今では良い友人として付き合いが続いている。
茜にとっては初めて出来たオメガの友達だ。
倉沢紗子の持つオメガ属性は、茜のそれよりも複雑で、トランスタイプと呼ばれており、その言葉通り抑制剤を服用していても不定期に
効能の強い抑制剤を服用すれば当然体調は悪くなる。
茜と同じようにオメガ雇用枠で司書として働いている彼女は、図書館のフロアに立つことはなく、裏方仕事に徹しているらしい。
「おまえ、面倒見良かったんだな」
「え!?いまさら!?私結構真尋くんにおすそ分けあげてるけど!?」
母親から届いた荷物を分けたり、一緒に買い出しに出かけた際に、茜が大量に作った料理を持たせてくれることはこれまで何度もあった。
あれは身内限定かと思っていたのだが。
「いや、俺は身内だし」
「紗子は、こっちに家族もいないし、仕事も基本的に一人でやってるから、なんか力になってあげたくって」
「ほんっと余裕出て来たな」
外の世界を全部拒絶して、自分自身も受け入れられなかったあの頃とは比べ物にならないくらいの逞しさだ。
きっとここに両親がいたら涙ぐんでいるだろう。
「いや、余裕はないけどね!?でも、友達が困ってるなら助けたいでしょ」
「・・・・・・」
両親の代わりのつもりで真剣な顔でこちらを見つめる茜の頭をそっと撫でた。
あの人たちも、きっと同じようにしたと思うから。
ちょっと得意げに笑った茜が、一瞬後で膨れっ面になって一番大きいホタテにフォークを突き立てた。
「いまのは上から目線でムカつく」
「そうかよ」
取り合うことなく流して、彩りに添えられたトマトを茜の口元に運んだ。
憎まれ口を零す唇は塞ぐに限る。
湯向きトマトを美味しそうに飲み込んだ茜が、もう一度視線を持ち上げた。
さっきのアルファたちが、一足先に食事を終えて席を立ったのだ。
「・・・・・・番になったオメガもあんな感じなのかなぁ・・・」
「・・・・・・・・・羨ましい?」
気持ちに余裕が出来て来たら、これまで見ないようにしていたことにも、目を向けられるようになる。
倉沢紗子を気遣えるようになったのがいい証拠だ。
その延長線上に、アルファへの興味が存在するなら。
何とも言えない気分で茜の顔を見つめ返せば。
「・・・・・・・・・全然!」
あっさり言ってのけた茜が、もう一個トマト頂戴、とフォークを伸ばして来た。
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