第17話 B-クラススイッチ-1
「それで、わざわざ結婚式の写真を見せに来てくれてね。もうスタッフ全員大盛り上がりよ」
いつもの買い出しの帰り道、新商品発売スタートの文言を見つけた茜からのリクエストを受けて、コーヒーショップのフラペチーノをテイクアウトした。
木苺の甘酸っぱいソースが鮮やかなそれをぐるぐるかき混ぜながら、増量して貰ったホイップを器用に掬って口に運ぶ茜の表情は明るい。
今日会った時からずっと上機嫌だった理由はこれだったのだ。
時間指定の荷物を受け取ってから拾いに行くからちょっと遅れる、と言った真尋に、急がないよと答えた茜は、30分以上遅れて迎えに来た真尋に膨れっ面どころか満面の笑みを向けて来た。
なんかあったのかと逆に不安になったくらいだ。
一年ほど前に短期療養で入院してきたオメガが、この度めでたく運命の番を見つけて結婚したらしい。
オメガはその数が極端に少ないせいか、オメガ
茜がオメガ
メイン担当とサブ担当、そして管理栄養士を加えた3人で療養期間中の患者のケアに当たるのだ。
茜は花嫁の担当では無かったらしいが、担当の管理栄養士が不在の際に栄養指導を行ったことがあるらしく、それ以来気さくに話す仲になったそうだ。
同じオメガ同士、悩みを打ち明けやすいということもあるのだろう。
どう頑張ってもベータやましてやアルファには理解できない苦しみを抱えているオメガに、誰よりも一番寄り添えるのはやはりオメガなのだ。
写真を囲んではしゃぐ茜の様子が目に浮かぶようだ。
「女子が多い職場ならではだな。うちだったら絶対あり得ねぇ」
まあ、妹分の雫が奇跡的にアルファを捕まえて寿退社するとなったら、それなりに見送りはするだろうが。
「西園寺さんがお嫁いく時とか、真尋くん大変だね、可愛がってた後輩だし、泣くんじゃないの?」
「泣かねぇわ・・・むしろ、西園寺のオメガ姫引き取る勇気を称えるよ」
よほどのつわものでなくては、西園寺家当主が了承するわけがない。
雫のオメガ属性が分かってから、今日まで西園寺が必死に手を尽くして彼女を守って来たことを知っている人間はごくわずかだ。
必然的にそれを目の当たりにすることになった
あれだけ強固な壁で守られた深窓の姫君を、真尋は他に知らない。
真尋も有栖川も、西園寺から直々に頭を下げられても、絶対に彼女を引き受けるのはご免だ。
想像しただけで胃が痛くなる。
真尋の本音に、茜がけらけらと笑い声をあげた。
「そんなこと言ってぇ、結婚式でトイレ籠って涙拭うタイプだから、真尋くん」
「おまえは俺をどういう男だと・・・」
「見かけによらず情に厚い」
「見かけによらずってなんだよ」
「私がお嫁いくってなったらきっと号泣だっただろうから、よかったねぇ。みっともないとこ見られずにすむよ」
一生結婚しないし、とあっさり言ってのけた茜の横顔を盗み見る。
そこにあるのは割り切ったような笑顔。
諦めが少しでも残っていたら、励ましてやろうと思っていたのだが。
「ウェディングドレス姿すっごい綺麗でさぁ・・・・・・ほら、私たちスタッフって、入院当初の彼女の事知ってるでしょ?何日も眠れなくて苦しんでる姿も見て来たから、その分感動もひとしおで・・・あの頃は、アルファ探しなんて絶対無理って言ってたのに・・・・・・やっぱり若いと気持ちの切り替えも早いんだろうな・・・」
初婚年齢が30歳オーバーが主流のこのご時世に、23歳で結婚だよ!?と茜が遠い目になる。
「その花嫁、どうやってアルファ見つけたんだよ」
「ん?なんかねアルファとオメガのための結婚相談所があるんだって。入会金すごい高いらしいけど、その分登録アルファの質がとんでもなく良かったって言ってたわ。二回会ってぴんと来て即決だって。決断早すぎない!?」
どこの世界にもヒエラルキーとカースト制度は存在するが、優秀な遺伝子を持つとされているアルファは彼らの持つ地位や肩書きで優劣を付けられる。
アルファ自体が優秀とされているので、その中でもさらに上位の資質を持つヒエラルキー上位のアルファを射止めるのは至難の業なのだろう。
年頃のオメガを持つ両親は、どうにか良縁を授けようと必死なのだ。
真尋と茜の母親のように。
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