第18話 B-クラススイッチ-2

「結婚って直感と勢いらしいからな」


「ふーん・・・そういうもんなのかなぁ・・・・・・その子が言ってたんだけど、アルファと番契約結んでから、発情期ヒート全然来なくなったんだって・・・アルファのフェロモンに過剰反応する事もなくなったし、人ごみも怖くなったって」


運命のアルファを見つけて項を噛まれたオメガは、発情期ヒートが落ち着くことがほとんどで、全く発情期ヒートを迎えないオメガも多いと聞く。


番を得た事により、これまで避けて来た色んなことが平気になって、世界が広がったオメガは、誰よりも幸せになれる。


婚姻届よりも、結婚指輪よりも強い効力を持つ番契約は、だから夢物語だと言われるのだ。


勇気を出して挑んで勝ち取ったものだけが残る、シンデレラストーリー。


「それ聞いても気持ち変わんなかった?」


「んー・・・自分のことじゃないもん・・・・・・結婚相談所の登録自体に抵抗がある私には、まだまだ無理でしょ・・・でもさぁ、アルファと番ったら、そんなに楽になるんだと思ったら・・・」


「思ったら?」


突発的発情トランスヒートで苦しんでる紗子に、是が非でも婚活を勧めたくなった」


「・・・・・・そっちかよ」


これまで一度も考えてこなかった未来に、ちょっと目を向けようと思った、とか言うかと思ったのだが。


茜のアルファ嫌いはなかなか根強い。


彼女に心境の変化が起こらなかったことに、なぜかホッとしている自分が居て、妙な気分になる。


義兄としては、茜の背中を押すべきだとも思うのに。


そうじゃない自分が、このままでいいと訴えてくる。


「まあ、倉沢さんみたいなトランスタイプは、番契約で画期的に症状が緩和されるだろうけどな」


「あーあ・・・・・・真尋くんがアルファだったら良かったのに」


いきなり茜がとんでもないことを口にして、口に含んだアイスコーヒーを噴き出しそうになった。


「っは!?なんで急に」


茜には、オメガ療養所コクーンで再会してからずっとベータだと伝えてある。


フェロモン抑制装置を付けて彼女と過ごして来た今日までの時間、一度も茜からベータ属性を疑われたことはない。


アルファのフェロモンに敏感な茜が察知できないレベルまで、アルファのフェロモンを抑えられている抑制装置が無かったら、きっと今頃茜は真尋の元を去っているはずだ。


「だって、真尋くんがアルファなら、安心して紗子のこと任せられるし。研究者で突発的発情トランスヒートにも詳しいし、私なんかよりよっぽど頼りになるし・・・紗子が家族になってくれたら嬉しいし」


「・・・・・・倉沢さんにも俺にも選ぶ権利あんだろ・・・そもそも会った事すらねぇのに」


すぐ近所の図書館に勤務しているにも拘わらず、紗子はフロアに出ることが無いので、一度も顔を合わせたことが無かった。


絶世の美女だの業界人顔負けだとの茜が豪語しているのを、いつも流し聞きしている。


女性の言う可愛いを信じてはいけないのだ。


視点が違う可愛さは、男には理解できない部分がかなり多い。


「そのうち紹介するね。あ、見た目に惹かれて惚れないでよ」


しっかり釘を刺して来た茜に向かって真尋は頬を緩めた。


「え、なに、嫌なの?ヤキモチかよ」


なんだかんだ言いながら可愛いところもあるじゃないかとほくそ笑めば。


「真尋くんがアルファならともかく、ベータなんだし。友達と身内が抉れるの嫌なのよ。紗子にもぬか喜びさせたくないし。どうせならちゃんとした素敵なアルファと出会って欲しいから」


真顔で返されて思わず視線を茜から逸らした。


「・・・・・・・・・ベータで悪かったな」


望んで偽った第二性別が初めて重たくのしかかって来た。


「いや、悪くないし、むしろ感謝してるし。だって真尋くんがアルファだったら、私、一緒に居られてないしね」


だからベータで良かったよ、と頷く茜に初めて複雑な感情を抱いた。


真尋がアルファだったら、彼女は紗子ではなくて自分自身をそういう対象に、考えたりはしないのだろうか。


訊けるわけもない言葉を飲み込んで、小さく返した。


「そーだな・・・」




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