第4話 キネトコア-2
「良かった。これでうちのオメガ姫にも確認して貰えるな。毎回新しくするたびひやひやするよ」
「
西園寺メディカルセンターが、オメガ抑制剤の開発に踏み切ることになったのは、西園寺一族で初めてオメガの症例が発見されたことがきっかけだった。
当時はまだ世界的にもオメガバースに関する情報は極端に少なく、海外での抑制剤は開発途中。
そんな中、たった一人の女の子を救うために、オメガ抑制剤開発チームは作られた。
彼女を被験体としてオメガの性質と
当時開発プロジェクトに参加していた研究者たちは全員がベータで、入社前の検査でアルファであることが発覚していた真尋は、
被験者であるオメガの
当時大学生だった西園寺のオメガ姫こと西園寺雫は、オメガとしてかなり高い性質を持っており、それ故にアルファを惹きつける力も強力だった。
西園寺は陰陽師を祖先に持つ家系で、アルファを
そして、このネックレスのおかげで茜の側に居ることができた。
最初の
だから、抑制剤を飲んでいても、アルファの居る場所へは絶対に近づこうとしない。
茜が真尋を拒まないのは、真尋が異性ではなくて、ベータの研究者だからだ。
真尋の入社以降、アルファに対する研究も進み、今ではフェロモン抑制装置の試作品を作れるようになり、アルファ用抑制ワクチンの研究と並行して、毎日アルファである自分と、同じく
これは、真尋が茜の側に居続けるために無くてはならないものだ。
これまで見て来た数ある被験者の中でも最高レベルの性質のオメガ、西園寺雫を有する
「有栖川さーん、麻生さーん、会議始めますよー?」
ようやくしっくりくるようになった白衣姿の雫が、会議室から幼さの残る顔を覗かせてくる。
「はいはい、行きます。あ、姫、麻生のチェック終わったんで1メートルくらいで試して貰えると」
「良かったです!承知しましたー。あー、麻生さん、橘田さんに次の検診日のこと伝えて貰えました?」
「あ・・・ごめん、変更になったの言い忘れたわ」
「もー・・・お願いしますってあれほど念押ししたのに・・・いいですよ、後でメールを」
被験者の来社日は極力被験者の意向に沿うようにしてあるのだが、茜に限っては、担当である雫と、真尋の二人が一緒に面談を行うためスケジュールが変更になることがままあった。
当初オメガ
茜からは遠回しに何度か真尋は担当を外れて欲しいとお願いされているのだが、母親を盾にして頑なに聞き入れていない。
そしてそれはこの先も変えるつもりがなかった。
あの日芽生えた使命感は、いまだに真尋のなかにあって、それは目減りするどころか増える一方なのだ。
自分が目の当たりにした一番身近なオメガが彼女だったから、この先もそうするべきだという思いがいつまでも消えない。
「いや、いいよ。後で連絡しとく」
戸籍は違うが義兄妹だと唯一打ち明けている
他セクションの人間から見れば、真尋が茜を追いかけ回しているように見えるのだろうが、そんなことは心底どうでもよかった。
「お願いしますねー。橘田さんの休暇の事前申請もあるでしょうから・・・・・・あ、有栖川さん、大丈夫です。なんにもわかりません」
「おー。姫オッケーが出た」
「凄いですね、抑制装置。アルファ用のワクチンが正式に完成するまでは、これがあればほんとにオメガとアルファが
「心で惹かれ合うアルファとオメガこそ運命の番と呼べる、だっけ?」
雫の好きな、オメガバース研究の第一人者である海外の研究者の論文の一部をさらった有栖川の言葉に、雫が真面目な顔で頷く。
茜は、あの頃、感情ではなくて身体が先に誰かを求める自分の属性を心底否定していた。
好きじゃない誰かを求めたくなる自分が許せないし、そこに付け込むようにオメガを求めるアルファを受け入れられない、と。
いまだ試験段階のこの装置が実用化されて、アルファ用のワクチンと一緒に運用が始まれば、茜のアルファに対する抵抗は格段に低くなるだろう。
最終的な目標は、アルファ、オメガ共にワクチン接種のみで発情の抑制を行う事だが先は長い。
それでも、アルファ用のワクチンと抑制装置が出来たことでひかりは見えた。
それまでの価値観を損なうことなく、心で惹かれ合うアルファを見つけることが可能になるなら、あの子はいつかまた、恋をするかもしれない。
自分では無い、誰かに。
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