第41話 3-3

 遠い闇の中から閃光がほとばしり、そこから大きな火の玉がいくつも飛んで行きました。

 その火の玉は孤を描いて空を飛び、急速な速度を持って地面へと向かいます。

 火球群はその地面に群れていた無数の玉虫色の虫達に突き刺さると、この世の終わりのような、雷が近くに落ちたような轟音を連続して立てて火柱をいくつも上げました。

 あちこちで連続して吹き上がる火柱の群れに、巨大な虫たちは次々と吹き飛ばされ、バラバラになっていきます。

 火柱は止むことを知りません。

 しかし虫たちは怯むことなく、仲間の死体や穴を乗り越えると進軍し、なにやら不気味な金切り声のような鳴き声を上げながら、まっすぐに一点の場所を目指していました。

 私達の、街へと。

                 

                     *

                      

「砲兵隊、阻止攻撃継続中。敵、なおも進軍中!」

「知能地雷の散布を急げ!」

「戦車隊、まもなく交戦可能地域に到達します」

「イム部隊、該当地域上空にまもなく到達予定」

 都市に隣接する軍事基地地下の司令部には、次々と情報が流れ込んできていました。

 戦況は、うーん、思わしくないようですね。

 早く主力のエイブラムスXX戦車部隊やイム部隊が攻撃を開始すればいいのですけれども。

 私は情報を素早く検索するとアルカちゃんに向って命令しました。

「ドローン部隊に主力の支援を行うように通達して。あと、メフィールに例のものの生産を急がせるようにと」

「了解しました!」

 その時です。

 オペレーターの一人が、悲鳴に近い声を上げました。

 同時に、ホログラフィックスクリーンに表示されている地図の画面が乱れ始めました。

 一体何?

「アン様! レーダーや電脳機器などの様子がおかしいです! 何者かのハッキングを受けている模様!」

「なんですって!? 発信源は!」

「発信源は、どうやらあの昆虫型原住生物から発せられているようです!」

「原住生物が?」

 私は耳を疑いました。生物であるはずのあの昆虫型原住生物が、ハッキング能力を持っているなんて。

 もし彼らが情報世界の都市へと侵入してきたら。

 私はとっさに叫んでいました。

「情報世界に非常警報を発して! 武器を情報化させて、迎撃準備を整えて!」

と。

 その時です。

 オペレーターが、さらに悲鳴に近い声で伝えてきました。

「情報世界の都市に侵入者です! 原住生物の情報体と思われます!」

 その知らせに、私の思考ルーチンは震えが止まりませんでした。

 私は人工意識、なのに。


                *


 雨はさらに激しくなってきていて、雷鳴も聞こえ始めていた。

 戦車のセンサーを通してだけど、その雨と雷鳴の音があたしを包む。

 雨と雷鳴が、あたしに重くのしかかる。

 こんな雨、早く止めばいいのに。

「チヒロさん、チヒロさんっ」

 耳元でアヤネちゃんの声が響いた。それで現実に引き戻される。

「何? アヤネちゃん?」

「もうすぐ主砲の射程に入ります。ドローンからの偵察情報に従い、誘導砲弾による偏差射撃を行います」

「わかったわ。全車、レールガンによる誘導砲撃用意」

 ビーム砲とレーザー砲による攻撃しか出来なかった最初の夜の戦闘とは違い、今はレールガンによる物理砲弾での誘導砲撃が行える。それで相手の射程外からの砲撃が行えるのだ。

 あたしの指示で、あたしのエイブラムスXX戦車と、後に続く戦車達の砲塔が一斉に動き出し、マチズモの象徴のような太い主砲が天を向く。

 自動装填装置のアームが重々しく動き、砲弾を主砲の中へと装填する。

 各車から主砲射撃準備完了、という表示が次々とホログラフィックスクリーンに表示される。

 あたしはそれを確認すると、感情も込めず、抑揚もなく、こう告げた。

「砲撃、開始」

 そしてあたしも仮想コントローラーのボタンを押す。

 低いモーター音とともに衝撃が来て、画面には主砲の先端から、勢いよく砲弾が飛び出した。

 他の車輌からも砲弾が飛び、孤を描いてはるか遠くの敵へと、必殺の意志を込めて飛んでいく。

 あたしはカメラを切り替えて、ドローンからの暗視カメラやレーダーなどを合成した画像で着弾を確認しようとする。

 着弾まで3,2,1……。

 固唾を呑んで、その瞬間を見守った。

 そして、砲弾の雨は虫たちに突き刺さった。無数の轟音とともに爆発の煙が虫たちを包む。カメラ越しの画像は、何も見えなくなった。

 あたしは煙が晴れるのを待った。風が、黒と白と灰の混じった煙を晴らしてゆく。

 再び全景が姿を現わしたとき、あたしは目を疑った。

 甲虫たちが甲羅を震わせ、蒼い光に包まれていた。その青い光が砲弾の威力を軽減させ、ほとんどの甲虫たちは無傷だった。

 あたしは疑問を口にする。

「これって、電磁シールド!?」

「だと思われます!」 

 アヤネちゃんが焦りの色を隠さない声色で報告する。

 なんてこと。虫たちがそこまで進化しているなんて。

「次弾発射急いで!」

 あたしは思わず叫んでいた。

 その言葉と同時に、戦車たちは前進しつつ砲弾を装填し、電磁音を高く響かせながら砲弾を次々と放つ。

 そして間隔も短く、次弾を更に早いスピードで発射する。

 連続した鋼鉄の雨が、甲虫達の群れに降り注いた。

 しかし、甲虫たちは羽を震わせて青い光に包まれると、砲弾の爆風や破片を受け止め、受ける傷を軽減する。

 それどころか、彼らも口から何かを放ち、こちらへと殺意を飛ばしてくる。

「全車、回避!」

 あたしは叫びながら同時にコントローラーで戦車を操作して、相手が放ってきた「砲弾」の雨を回避する。

 回避しつつ、自動設定で次弾を装填し、砲弾を自動発射する。

 各車も高機動で敵の砲弾を回避しつつ砲弾を発射し、なんとか敵を撃破しようと務める。

 が、回避していても、敵の岩のようなものに命中し、被害が出る車両も出てくる。

 敵のシールドを突破するためにも相手に近づかないと……!

 あたしは回避しつつ戦車を相手に接近させる方向に向かわせつつ、各車両に向かって命令した。

「なるべく敵に近づいて射撃して! あの電磁シールドをなんとか突破するのよ!」

 叫びながら相手の岩の雨を躱し、物理砲弾を放ちながら相手に接近しようと試みる。

 物理砲弾が無理でも、粒子砲やレーザー砲なら突き抜けられるかもしれない。そのためには、できるだけ接近しなきゃ。

 焦りの色を覚えながら、あたしは自然とコントローラーを握る手の握力を強くする。

 手からは汗が滲んでいるのを、感じていた。


                *


「まもなくイム隊、戦闘空域に到着します」

「全員交戦準備。交戦規定はなし。オールウェポンズフリーよ」

「NBC兵器も使用して良いってことっすかね」

「そうね。でも反応兵器は威力が大きすぎるので使いにくいけどね」

「了解。派手に行きますよ」

 イム隊のベルカちゃん達は、そう言い交わしながら戦場へと近づいていました。

 遠くに見えていた閃光が、次第に近づいていきます。

 自分のイムの中でシェリンガムちゃんは一回息を呑みました。

 彼女の電脳内に展開されるナイトビジョンに幾つも照準レティクルが表示されます。そこに、敵がいるのです。

 イム達は散開し、相互支援できる距離を取りました。

 それを確認したベルカちゃんは、全機に射撃許可信号を送り、静かにこう告げました。

「攻撃、開始」

 と。

 その言葉で、その指令で、イムを着たゴーレムたちは右手の複合兵装などを構え、一斉に眼下の敵へと向けて必殺の意志を撃ち出しました。

放たれる銃弾やレーザー。その意志は地上を奔る巨大な群れへと飛んでいき。

 その塊へと、突き刺さりました。

 幾つも起こる爆発。もうもうと煙が立ち込めます。

 イム部隊は次々と銃弾やレーザー、ロケット弾などを放ち、雨あられと地上にいる甲虫型原住生物の大群へと攻撃を仕掛けます。

 連続した爆発が起き、闇の中、どこかで何かが吹き飛ばされるのが見えたような気がしました。

「攻撃やめ」

 ベルカちゃんがそう命令すると、スコールのようなイム達の攻撃は一斉に止みました。

 降りしきる本物の雨の中、煙が晴れていきます。

 戦果を確認しようとセンサーをフル稼働させたベルカちゃんは、

「!」

 と驚愕の声を上げました。

 多くの甲虫達が青い光に包まれ、無傷のままでいたのです。

「電磁バリア!? 虫たちが進化しているなんて! レーザー、出力を上げて! 射撃再開!」

 ベルカちゃんは矢継ぎ早にそう言うと、ナノマシンジェネレーターの出力を上げ、攻撃を再開します。

 周りのイム達もそれに従い、出力を上げたレーザー砲やマイクロミサイルなどを地上の敵へと打ち込みます。

 しかし。

 甲虫たちは電磁バリアーを張りながら地上を不規則な動きで動き出し、弾丸やマイクロミサイルなどを巧みに回避し始めました。

「こいつら、なんて素早い……!」

 悪戦苦闘しながらマディソンという一人のゴーレムが空中で射撃していたときです。

 地上で、一匹の甲虫が突然、羽を広げました。

 続けざまに、周りの甲虫も羽を展開します。

 そして、羽を震わせ、中へと浮くと。

 イム達の方へ、猛烈なスピードで飛んでいきます!

「!?」

 ゴーレムたちは突然の出来事に驚きながら空中で回避行動を取ろうとしますが、一瞬だけ回避行動が遅れたマディソンのイムに、甲虫が襲いかかります!

「う、うわあああああ!」

 逃げようとしたマディソンでしたが、ときすでに遅く、甲虫の顎に捕らえられると、その強い顎の力で、イムを食いちぎろうとします。

「ぐっ、このっ、うううっ!」

 マディソンはしばらく抵抗していましたが。

 その抵抗も虚しく、顎は金属の胴体に食い込み、どんどん深くなっていき。

 そして、哀れマディソンのイムは胴体を両断されてしまいました。

「マディソン!」

 シェリンガムちゃんは叫びながら、甲虫たちに捕まらぬよう回避行動を取りながら射撃しますが、その動きは早く、回避するのも一苦労です。

 その間にも、地上を飛び立つ甲虫の数はどんどん増えていき、その多くはイム達を無視して、遠くへと飛んでいっていきます。

 彼らの目指すところは。

 遠くで煌々と輝く、街並みと工場群。

「しまった! 奴らは!」

 ベルカちゃんは敵の甲虫の一体を撃破しながら叫び、歯噛みしました。

 飛行能力を獲得した彼らは、街を一気に襲おうとしています!

「全員街まで後退! 奴らの進行を阻止するぞ!」

 彼女はそう叫ぶと、一旦戦域を脱出し、次の戦場、街への最終防衛ラインへと向かいました。

 さて大変なことになりました。防御能力に加え、飛行能力まで獲得した原住生物たち。

 私達は、どう対抗すればよいのでしょうか?


               *


「イム部隊が突破されたってって!? ユカナー!」

「何でも虫たちが空を飛び始めたらしいわよ。カレンちゃん」

「どっ、どうしよう!?」

「ミーナ、一旦後退して立て直す」

「そんな簡単に言われてもー。メグミー」

 ドローン部隊の一部を操作して支援していたカレンちゃん達にも、イム部隊が突破されたこと、原住生物達が進化して街まで迫っていることは伝わっていました。

 彼女らは混乱しつつも、次の手をなんとか打とうとします。

「とりあえずメグミの言う通りよ、飛行ドローン部隊は急いで街まで後退させて支援を、陸戦支援ドローン達は街周辺にあるものは向かってくる敵に対して攻撃、遠くにあるものは速やかに後退させて再編成して支援攻撃よ」

「ユカナの言う通りね、配置を編成し直して防御するわよわよっ。虫たちを街に入れるもんですかですか!」

「うん、頑張ろ、カレンちゃん!」

「うんうん、ミーナ!」

 彼女らが励まし合いながら、部隊の再編成再配置を始めたその時です。

 突然、スピーカーに入る不快なノイズのような音が断続して起こり、周辺のVRスクリーンの表示が乱れ始めました。

 そして、周囲にAEART!の赤文字が幾つも表示されます。

 何が起きたのでしょうか。

「どうしたのたの!? ユカナ!?」

 そう叫びながらもカレンちゃんは異変に気がついていました。ドローンの動きが急に悪くなったのです。そして、自分の体の動きが悪くなったことも。

 周りの少女ACたちも、体の部分部分にノイズが走って、動きが鈍くなっています。

「ジャミング、というかハッキングを受けているわ。どうやら原住生物の進化種による模様ね」

「なんとかならないの!?」

「今カウンタージャミングを試みているところだけど、あっ!」

 ユカナが焦りの色を見せながらコンソールを叩いてなにかの操作をしようとしたその時です。

 彼女の身体に、強烈な電流のエフェクトの混じった大量のノイズが流れました。

「あっ、あーーっ!!」

 ユカナが大きな悲鳴を上げながらコンソールから手を離そうとしますが、なかなか離れません。

「ユカナちゃん!」

 カレンちゃんが慌てて彼女に駆け寄って手を貸そうとしました。しかし。

「きゃっ!」

 見えない壁に弾かれて、それ以上先に進めません。

 それどころか、カレンちゃん達をはじめとする三人にも電流入りのノイズが走り、強烈な痛みとともに身動きが取れなくなってしまいます。

「きゃあああっ!」

 三人いえ、ユカナちゃんも同様に悲鳴を上げながら倒れ込み、悶え苦しみます。

 そして、体のあちこちが、ノイズともに分解され、消えていきます。腕や足が、四角いノイズの塊とともに消えていきます。

 いけません、このままではみんなが消えてしまいます!

 こうなったら!

 カレンちゃん達のドローンコントロールルーム情報世界とドローンネットワークとの回線を強制的に切断! ドローンたちは自律行動で独自ネットワーク状態にします!

 ドローン達の動きが一瞬止まりましたが、また連携し合った動きをし始めました。しかし、少し動きは鈍いものです。

 ドローンのパフォーマンスが落ちるのは仕方ありませんが、こうするしかないのです。

 同時に、ハッキングを受けた際に分析したウィルスデータでワクチンを生成、カレンちゃんたちに打ち込みます。同時にバックアップの身体データも各ACに打ち込み、欠損した身体を復元します。

 室内の表示は全て落ち、照明も赤の非常灯のものへと変わっていました。

 その中で、四人の少女達はコンソールや床に倒れ込んでいました。先程の苦悶の表情はなく、皆静かに眠っています。身体の欠損も、元通りになっていました。

 良かった、みんな無事で。

 しかし、ほっと一息、というわけにも行きません。

 戦いはまだまだ続いており、私達は相変わらず優勢ではないのですから。


 そして、彼らの侵入は、もちろんここだけではないのでした。


                  *


 ここは、ビルや家々などが立ち並ぶ都市です。

 ただの都市ではありません。情報世界、コンピュータの中にある都市です。

 私、アンが作った量子・バイオコンピュータサーバの中に創られた、人工意識や人工知能達のための街、そして世界です。

 私のかわいい娘息子、人工意識達が暮らしを営み、文化文明を維持、発展させていく場所。これが私の素晴らしい街、素晴らしい世界です。

 その街、世界に、異変が起きようとしていました。

 多くの人工意識達は原住生物達の襲撃の知らせを受けて、避難所などに避難を終え、街は静けさに包まれていました。

 その静寂が、突如として破られました。

 突然、赤い光が無数に街に現れました。その光が形作られ、あるものの形へと姿を変えていきます。

 それは、巨大な、奇怪な甲虫の姿でした。

 甲虫たちは顎を打ち鳴らして甲高い音を立てると、その口から石のようなものを吐き出し、周りのビルを、店を、車などを次々と壊し始めました。

 石のようなものを打ち込まれたり、甲虫達が体当りしたり踏み潰したりしたビルや店の窓ガラスや壁が割れ、車などが押しつぶされていきます。

 ああ、なんてことでしょう。原住生物達は何らかの手段で都市サーバに情報体として侵入し、攻撃を仕掛けてきたのです!

 私達がこれで黙っているはずもありません。そこかしこから人型のAC、人工意識達が銃やロケット砲などを持って現れ、反撃を試みます。

 勇敢な戦士たちが各々持った武器を構え、醜悪な虫たちに狙いをつけます!

「虫どもめ、これでも喰らえ!」

「ここから出て行け! 虫ども!」

「お前ら、俺たちの住処を壊して、いい気になるなよ!」

 必殺の意志を込めた銃弾やロケット弾の雨嵐が虫達に向かって放たれ、虫たちは煙に包まれます。

 しかし。

 煙の中から現れた虫達は平然としてAC達に向かって歩き、口から硬質の物体を吐き出し、飛ばして応戦してきます。

 その硬質の物体は着弾すると大きな爆発を起こし、逆にACの兵士達を吹き飛ばしてしまいます!

「うあーっ!」

 ああっ、私のかわいい子供達がやられてしまいました! なんてことでしょう!

 ここは大勢を立て直して、後退して!

 後退しながら私達の勇敢な兵士達は銃弾やロケット弾を浴びせますが、それでも虫の情報体達は平然とし、街の破壊を続けながら前進します。

 何故か虫たちに情報体の武器は通用しません。なぜなの? 分析を急がなくては。

 このままでは、街どころか、情報世界全体も虫達に蹂躙されてしまいます。


 ああ、どうすればいいのでしょうか?

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