第26話 2−8

「お待ちしておりました〜。いちごのショートケーキとブレンドコーヒーセットと、チョコレートケーキとアメリカンコーヒーのセットでございます〜」

 見れば、もう馴染みになった金髪の美少女生体型ゴーレムちゃんと配膳ロボットがあたし達の席の前にいて、彼女が配膳ロボットからケーキとコーヒーをテーブルに運んでいた。

 すぐさまセットが置かれると、ウェイトレスゴーレムちゃんが、

「それではごゆっくりー」

 といつものように一礼して、静かにその場を去っていった。

「そっちのケーキも美味しそうね〜。ねえ、食べていい?」

「だめです」

「ちぇー」

 あたしはそう言うと、カメラアプリを再び取り出し、皿に可愛らしく置かれたショートケーキとコーヒーカップをファインダーに収め、撮影した。

 サーティもいつもの調子で何枚も撮影するとアプリを収め、コーヒーにクリームと砂糖を入れ、ティースプーンでかき混ぜる。

 クリームと砂糖を入れるのはいいんだけど。

「ちょっと、クリームと砂糖入れすぎてない?」

「そう、アタシいつもこれくらいだけど?」

 見れば、クリームの小さなパックを何個も空け、砂糖も何杯も入れている。

 合衆国系人って甘い物好きって聞いたことあるけど。

 それを目の当たりにすると、やっぱり驚くわ。

 あたしはほどほどにクリームと砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜてから一口飲む。

 熱さと甘さ、そして苦さが口の中に広がる。

 コーヒーはこれぐらいの甘さと苦さが丁度いいわね。

 人生も、これぐらい甘ければいいんだけど。

 あたしは気を引き締めると、思いを口にした。

「でね、さっきの話の続きだけど」

「なになになになにー?」

「実はノア三一四に乗り込む前に、乗客審査があるでしょう」

「あるわね。私も受けたわよ。で?」

「あたし、実は」

「実は?」

「……」

「何よ。言いなさいよー。面白いことー?」

「審査の面接の時に、審査官に体を売ったの」

「へ?」

 サーティのケーキを食べる口と手の動きが止まった。

 茶色い塊が、フォークからこぼれ落ちる。

 音もなく、皿の上にかけらはゆっくりと落ちた。

 遅れて。

「ええええええええええええ!?」

 サーティの絶叫が店中にこだました。

 あまりにも声が大きかったので、あたしは一瞬顔をしかめてしまった。

「そんなに大きい声出さなくても」

「だって体売ったって! あんた売春したってことじゃない! いいのそれで!?」

 机を叩く音が一つした。

 良い訳がない。良い訳がないけど。

 でも。

「仕方なかったのよ。出発の締め切りぎりぎりで申し込んだし、それに応募状況は一杯で、乗れるかどうかわからなかったし」

「でも、売ったって」

 あたしは、遠くで歩いている金髪ウェイトレスゴーレムちゃんと配膳ロボットの方を見ながら応える。

「ゴーレムとかACって、結局の所道具でしょ。それと同じことをしたまでよ。自分の体だって、道具よ。可能性を高めるなら、時間を短縮できるなら、道具を使うのは当然でしょ?」

「あたしはそうは思わないわ。ゴーレムやACは人間のパートナー、隣人よ。それを道具に過ぎないなんて」

 サーティの意見に、あたしは即座に問いかける。

「ならサーティ、あなたはゴーレムやACと恋愛できる?」

「そっ、それは、できるでしょ。多分」

 どもりながら応える目の前の少女を、あたしは可愛らしいと思えた。

 彼女を優しく見つめ、そして口を開く。

「あたしは彼らとは恋愛できない。道具は恋愛の対象たり得ないのよ。あたしにとっては。だから」

「だから?」

「あたしは人間しか愛せないのよ」

 そう言ってあたしは腕を伸ばし、テーブルに置いていたサーティの手に自分の手を優しく重ねた。

「……!」

 突然の出来事に、サーティの顔がみるみると真っ赤になり、耳まで赤くなった。

 自分の手でサーティの手を包みながら、あたしは言葉を続ける。

「あたしは自分という道具を使って、ノア三一四に乗り込んだ」

「……」

「それがこんなことになったけど」

 あたしは言いながら、包んだ手で優しくサーティの手を撫でる。

「貴女と出会えて嬉しいし、こんな生活ができて嬉しい。それは本当よ」

「……!」

 あたしの言葉に、サーティの両目は大きく見開かれ、口も大きく開いた。

 そして、

「あ、あ、ありがとう……」

 顔を真赤にしてどもりながら、そう返してくれた。

 そして少し顔を横にそらす。

 ふふっ。サーティ、可愛い。

 でも。

 あたしは包んだ手を離し、元の位置へと戻しながら思う。

 思うことを、口にする。

「あたし実は、人間は好きだけど、現実が嫌い。情報世界にずっと居たいの。でも、睡眠覚醒とか生理現象とかの滞在限界があるから、強制的にログアウトされるのが嫌で」

「でもねぇー」

 あたしの愚痴に、ようやくのことで普段どおりの調子を取り戻したサーティは、

「情報世界にずっと居ても、それはそれで不便かもねー。あと人間は、肉体に縛られているものだしー」

 そう応えて少し笑った。

「でもアンやアルカちゃんみたいに、ずっと情報世界にいられたらいいのにと思うけど」

 あたしは愚痴気味に言葉を続ける。

「アン、ねぇ」

 サーティはなにか考えるふうにして目を細め、首を傾げた。

 そして顔をもとに戻し、あたしの目を真っ直ぐ見た。

 次の瞬間。

 視界の中に、

<サーティさんから極短距離秘匿通話通信の要請が来ています。承認しますか?>

 という脳内のAIによるアラートが現れた。

 え、何よと思いながら、視線操作で「はい」を押し、承認する。

 すると、脳内にサーティの声が響いた。

 一対一の極短距離量子通信による、秘匿通話だ。

〈もしもしもしもし聞こえる? ちょっとこれは周りには言えないことだからこうやって話すわけなんだけど、いい?〉

〈なんですか〉

〈ちょっとさ、アンに関してある疑惑があるのよ。というかさ、この惑星にやってきたことに対する疑惑なんだけどさ〉

〈疑惑って。どんな疑惑よ?〉

 声を出さすに顔をしかめたあたしに、サーティは左人差し指を縦に口にあてると通信でこう言い出した。

〈あのねえー。アタシ達が乗ってきたノア三一四だけどさ、なんか載せられていたものが都合よくない? 貨物とか、ACとか〉

〈そうなの? 例えば?〉

〈例えばさ〜、貨物でも軍事用の戦車とかイムとかが多く載せられたりしてるのよね。移民の自衛に軍事用装備を載せるのはありえるんだけど、ここまで重装備なのは、向かう星に敵対勢力が存在している場合とかしか無いわ。あとねー〉

〈あと?〉

〈自動工場や自動都市の資材が多く載せられていたこともおかしいわね。ここまで大掛かりな自動都市や工場の資材を載せるのは、ニューオーストラリアのような植民星にはあまりありえないのよ。こういうのは植民星が自力で開発すべきなのよ。まだあるわ〉

〈まだ?〉

〈うん。ノア三一四に乗っていたACの数と種類が多すぎるのよ。普通植民星ではここまでの数のACは必要ないし、エンタメ系などのAI、ACは植民初期の星ではあまり必要ないもの〉

〈そうなのかな。もしかしたら政府のテストケースとかなのかもしれないし〉

〈それよー〉

 サーティは見た目は無言でコーヒーを一口飲む。同時に、頭の中に声が響いてくる。見かけは不気味だが、今では日常的な光景だ。

〈政府かだれかが企んで、わざとノア三一四をウォルラ人に攻撃させてアタシ達をここに送り込んだ。そういうこともありえるわ〉

〈そんなことって〉

 ありえるのだろうか。ケーキを食べていた口と手が止まった。

 確かにサーティの説明はそれで納得はいく。でも。

 でも陰謀って、あり得るの?

 陰謀だとするなら、あたしのことがつじつまが合わない。

 なんであたしを滑り込みで乗せたの?

 それがよくわからない。

〈あるかもしれないでしょ〉

〈で、そうだと思ってサーティはどうするの?〉

 当然の疑問をあたしは投げかける。

 サーティはチョコレートケーキをひとかけら口に入れながら、平然と言葉にした。

〈もちろん、調べるのよー。本当はどうなのかって〉

〈え。危ないわよ〉

 あたしは思わずそう言葉を伝えていた。

〈なんでよー。ちょっと調べるだけよ〉

〈アンさんに『これは陰謀なの?』って聞くわけにも行かないし。それに普通に調べたら履歴とかが〉

〈大丈夫よー。調べるのは軍諜報部お手製のツールでするし偽装垢でやるし。なんならウォルラ人とかが電脳戦を仕掛けてきたと誤情報を流した隙にやるわよ〉

〈いいのかな〉

 窓の外で大型のドローンか何かが飛んだのか、あたしたちの顔に一瞬影がかかった。

 これは何を言ってもダメかもしれない。

 そもそも陰謀だとわかったとしても、それをどうするつもりなのだろう。

 太陽系のマスコミに売るつもり? 今あたし達はこの星の外の誰とも通信できないのに。

 そんな皮肉を言ったとしても、彼女との関係を悪くするだけだ。

 ここは話を合わせよう。

 あたしはしばらく黙り込んだ後、ぽつん、と言うように音声を送った。

〈気をつけてね。サーティ。無茶しないでね〉

〈当たり前よー。こう見えてもアタシは太陽系特殊任務群のエリート隊員なんだからっ〉

 その自信、どこから来るんだろう。それが羊頭狗肉じゃなきゃいいけど。

 あたしは内心で小さくため息を付いた。

 さて。この話題はこれで終わりにしたいけど、サーティは続ける気まんまんみたい。どうしたものかな。

 そんなことを思ったときだった。

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