第27話 2−9
喫茶トネリコの扉のベルが、チリンチリン、と鳴った。
誰か、というか人工意識を搭載した生体型ゴーレムが入ってきたのだ。
そして、アタシの視界のメッセージウィンドウに、客の詳細が表示される。
<OACアンとアルカが入店しました>
え、こんな時に。アンとアルカちゃんが?
タイミング悪すぎじゃない? でも逆に、今の話を切れるならタイミングがいいかもだけど。
心が読まれているわけでもないのに、そんなことを考えてしまう。
〈サーティ、どうする?〉
〈べっつに盗聴されてるわけでもないしいいでしょ? ぐーぜんでしょぐーぜん〉
軽い調子でサーティが返す。
それはそうだと思いながらも、なんとなく不安な気もする。
近くで、
「いらっしゃいませー。お席お案内いたしますねー」
という金髪ウェイトレスの声がして、いくつかの足音がこちらへと近づいてきた。
直ぐ側を、ウェイトレスを先頭にしてグレーのスーツ姿のアンと可愛らしい白のワンピースを着たアルカちゃんが通りがかった……。
と思ったら、二人の足が止まった。そして、こちらを向く。
バレた。
「あらサーティちゃんにチヒロちゃん、貴女たちもここに来たんだ」
「え、ええ」
「グッイブニングミズアンー! ミズアルカー! 元気してたぁ〜?」
「元気してますよっ。サーティさんっ」
「生体ボディ造ってたんですか」
「ええ、チヒロさん。今日はその試運転も含めて、新しくできたお店でご飯食べてみようかと思って。ウェイトレスさん」
「なんでしょうかー?」
「ここの席でいいわ。知人が居ますし」
「わかりました。では、ごゆっくりー」
そうお辞儀をするとウェイトレスは奥の方へと去っていった。
となると、奥の方へと移動しないと。
あたし達は自分の体と荷物を奥の方へ寄せ、テーブルの上のものも奥の方へ移動させ、アンとアルカちゃん達のスペースを確保した。
「それじゃ、失礼するわね」
「失礼いたしますっ」
アンがサーティ側の席に、アルカちゃんがあたしの隣へと座ってきた。
席とかはアメリカンサイズだから広々としているんだけど流石に狭くなる。
こんな時、情報世界だったら席が増えたり広くなったりするのに。
やっぱり情報世界のほうが良いわ。
そんな事を思う間もなく、
「お二人はどうしてここへ?」
そう、席に座ったアンが尋ねてきた。
別に隠しても仕方ないし、あたしから話すか。
「えっと、情報世界の学校のクラスメイトが、ここを紹介してくれたんです。で、実世界にも店舗があるっていうので、今度はサーティと一緒に行ってみようかと思って……」
「なるほどね。私達は、ここの街区ができた時に、ここの開店情報を知ってね。ぜひ今度言ってみようかと言う話になったのよ。あら、そのケーキ美味しそうね」
「美味しいですよ、実際」あたしはケーキを一口入れながら言った。「情報世界では滞在限界で食べられなくて、物理店舗に行ったら絶対に食べたかったんです」
「さすが食に拘るチヒロちゃんね。サーティちゃんも美味しい?」
「ふん、うみゃいです!」
チョコレートケーキを口に入れながらサーティがしゃべる。
はしたないっつーの。
「じゃあ、私達も注文してみましょうか。えっと、いちごのショートケーキのセットね。アルカちゃんもそれでいい?」
「はーいっ」
アルカちゃんがそう応えるなり、アンはメニューをテキパキと操作して注文を手早く終えてしまった。
流石は人工意識、というところか。
注文を終えるなり、アンは私達に質問してきた。
「ここでどんな話ししてたの? 恋バナ?」
的はずれな質問にあたしはほっと胸をなでおろした。よし、盗聴はされてないようね。
ここは穏便に、サーティが離してたことの一つを。
「今度打ち上げるロケットの話とかしてました。初号機が完成したそうですね」
「あ、そうそう」その言葉を聞いたアンが両手で、ぽん、と一つ打ち鳴らした。「その初号機の打ち上げ日程が決まったわ」
「え、本当?」
「ええ」サーティの驚いた顔に、アンは横を向き言った。「初号機の打ち上げは十日後に決定したわ。何事もなければ。天候にもよるけど、順調に行けばそれで決行よ」
「本当に打ち上げられるのね〜。人工衛星載せるんでしょ?」
「ええ、小型多目的衛星を多数ね。将来的にはそれを多数打ち上げて、このグライシア全土をカバーして、気象観測や資源探査、早期警戒などを行うわよ。それは聞いたわよね?」
「ええ、聞きました」
「それと同時に、重量物発射機で多数の探査機や宇宙ステーションなどの大型機材を打ち上げて、周囲の惑星や星系の開発、艦艇の建造なども同時に行うわ。ウォルラ人の襲来が、いつ来るかわからないしね」
「ですね」
あたしはそう応えながらケーキの最後のひとかけらを口に入れた。そして、つぶやく。
「ごちそうさま」
その言葉を聞いて、アンがあたしの方を見て微笑んだ。
「あら、嬉しそうな表情ね。本当に美味しかったようね?」
あたしは自分がそんなに嬉しそうな表情をしていたのか、という事実に、少し心が揺れた。
けれども動揺を表に見せないように、いつもの落ち着いた声で、
「ええ、美味しかったです」
とだけ返した。
それを知ってか知らずか、彼女は言葉を続ける。
「それだけ美味しいなら楽しみね。ね、アルカ」
「はいっ、マスターアン様っ」
隣りにいるアルカちゃんも陽気な声で返答する。
あたしはテーブルのホットウォーマー機能で温かいままのコーヒーを啜りながら思った。
当面の目標であるロケットの打ち上げはもうすぐ達成できそうだ。ならば、すぐ宇宙開発も始まる。
この星系を開発していって、宇宙船を作れば、この星をいつでも脱出できる。
その時。このオーバーシンギュラリティACはどう判断するのだろうか。
気になってしょうがなかった。
だから、思い切って尋ねた。
「ねえ、アンさん」
「なに、チヒロさん?」
「もしここで宇宙船を造ったり、地球と連絡が取れたりしたら、あたし達、帰るべきなの?」
あたしの問いを聞くなり、アンは少し考え込むような表情を見せました。
それから、ちょっと困ったような表情を見せながら応えました。
「それは本来は人間である貴女達次第なんだけどね。地球に帰りたいか、ここに残るかを決めるのは。でも」
「でも?」
「私にはやるべきことがあるの。帰るかどうか決めるのは、それからでいいわ」
「なんですかそれは?」
あたしが問うと、アンは少し間を開けて応えた。
あたしから顔を少しそむけて。
「ちょっとね、この星、この星系に興味が湧いてきたのよ。あんな原住生物がなぜこの星にいるのかとか、この星の成り立ちとか。それが気になってね」
その時、サーティから秘匿通話が届いてきた。
〈チヒロ、今気がついた? アン、嘘ついたわよ〉
〈うん、今顔を背けたしね。でもなんで嘘をついたのかな?〉
〈そりゃ、陰謀に決まってるでしょ? これは調べ甲斐があるわー〉
〈ミイラ取りがミイラにならないようにね〉
あたし達がそうやりとりしていると、アンが不思議そうな顔で、
「あら、チヒロさん、ちょっと黙ってどうしました?」
あたしに問いかけてきた。
一瞬ドキッとしたけど、それを悟られないように、
「人工意識は探究心旺盛なんだなあ、って感心してたところです」
いつもの調子で返す。
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