第25話 2−7
あたしは机を二回軽く指で叩くと、食事のメニューを卓上に表示させる。
表示されたホログラムの食事メニューを指でめくる。
昼食メニューか。結構メニューあるのね。これも食料工場や野菜工場などが充実してきたおかげかしら。
女性向けも多いわね。
よし、このパスタセットにするか。
アタシはサーティに向かって告げた。
「あたしこのパスタセットにするけど、サーティは?」
「うーん、これもいいしあれもいいな。よしっ、このサーロインステーキランチにするわよ!」
「サーティらしいや」
あたしは苦笑しながらメニューを押した。
軽快なチャイムが鳴り、それから静寂がまた訪れる。
「さてー。料理を注文したところで〜。ちょっと話があるんだけど〜」
「なに?」
「市街や工場建築のことー」
「何か問題でもあったの?」
「いいや、概ね順調よー。首都の初期段階都市計画と工場計画は大体終了して、他の地域にも工場を建築開始したところよ」
問題起きてないなら言わなくてもいいのに、と思いながらあたしはお冷を一口飲む。
サーティは得意満面な顔で、両手を大きく動かしながら会話を続ける。
「後ねー。アンが言うには、ロケットの初号機や載せる衛星などは既に完成していて、二号機以降も完成しているらしいわよ」
「ロケットが……」
「一段目回収型だから、再利用可能よ。今、ロケットと人工衛星の生産を最優先にしてるから、ロケットは続々と造られているんですって。楽しみね」
「確か、人工衛星って……」
「小型のACサーバや観測機器などを載せた衛星コンステレーションよっ。これで気象観測や地上の監視などを行う予定ね。これからも多数打ち上げることで、この星全土をカバーして、この星の調査や天気予報などに役立てるらしいわ。楽しみねー」
「う、うん。楽しみね」
あたしはサーティに話を合わせながら、別のことを考えてた。
ACサーバ搭載。多分ACの誰かを載せて打ち上げるのだろう。
あたしもACになれたら。人工衛星に乗って宇宙からこの星を見られるのに。
その時、さっきの金髪ウェイトレスが、あたし達が注文したパスタやステーキなどを載せた給仕ロボットを連れてやってきた。
「こちらパスタセットになりまーす。こちらサーロインステーキセットになりまーす」
彼女は手慣れた手付きであたしの前にパスタセット、サーティの前にサーロインステーキセットを置くと、
「それでは、ごゆっくりー。注文があればまたよろしくお願いいたしまーす」
一礼して、給仕ロボットとともに再びキッチンの方へと消えていった。
あたしの前に並べられたパスタセットは、食料工場で酵母や生体型ナノマシンなどにより造られたものとは思えないほどみずみずしく新鮮だった。野菜は、野菜工場で造られたものなのだろう。本当に新鮮だ。
昨日情報世界の店舗でしたように、カメラアプリを呼び出して、並べられた料理をパシャリ。
続けてネットにアップする。
見ればサーティも、カメラアプリを取り出して何枚もシャッターを切って撮影している。
「そんなに撮らなくてもいいのに……」
あたしが苦笑すると、
「撮影したものから厳選してアップしなきゃねっ。SNS見栄えは重要なのよっ」
そうサーティは反論する。
あたしは半ばスルーするように、目の前に並べられた大きなスプーンを手にし、
「まあそこがサーティらしいところよね。いただきます」
そう言うと、スプーンでスープ皿になみなみと入ったコーンポタージュを掬った。
口に入れる。
うん、コーンポタージュの味がする。濃い。
ヤサカグループ製の食料製造ACはさすがちゃんとしてるわね。データと経験の積み重ねでここまで天然の味に近づけてきたんだろうな。
それにこの喫茶トネリコのコックACの腕も、もちろん良いわね。やはりACはヤサカ製なのかしら。
「うん、うまい。ちゃんとコーンポタージュの味がする」
ほぼ同じタイミングでサーティがステーキの肉を切って口に放り込み、もぐもぐ言わせてから口を開く。
「これ合成食肉ぅ!? まるで天然物じゃない!?」
驚愕の表情でサーティがそう言っては更に柔らかそうな、ソースが滴り落ちている肉を口に放り込む。
サーティは食べているのに口を開き、
「くぉれ、ふおんとうに、うまひ!」
心の底から感激した表情で感想を述べる。
ちょっとはしたないわね、と思いながら、
「良かったわねサーティ」
あたしもなんだか嬉しくなって、ポタージュを飲む速度が速くなる。
それからしばらくの間、あたし達は無言でお互いの食事を食べていた。
結論から言えば、出された食事は十分合格点と言えるものだった。
コーンポタージュはもちろん、サラダの野菜は先にも言ったように野菜工場で造られた天然物だ。
ペペロンチーノパスタは食感もよく、トッピングもソースも大量に乗っていて美味しい。
ここはケーキやコーヒーだけじゃなく、料理も美味しいなんて。
本当に贔屓にしちゃおうかな。
そう思いながらパスタを食べ終えたフォークを大皿に置いた時、
「あー美味しかったわ〜っ。ステーキごちそうさまっ!」
サーティが満面の笑みで両手をぽん、と一つ叩いた。
見れば、サーティの周りの皿は見事に何も乗っていなかった。
本当に美味しかったのね、サーティは。
「美味しかったわね、サーティ」
あたしも明るい声で言う。
「でしょでしょー! これはまた食べたくなるわね!」
顔を何度も縦に振りながら、彼女はそう応えた。
さて、食後のデザートとコーヒーを頼みましょうか。
あたしの食べたいものは、決まっている。
「ねえ、食後のデザートは何にする? あたしは、いちごのショートケーキね」
「メニューも見ずに即決じゃないっ? ははーん、さては先に食べましたね?」
「半分正解で半分間違いよ。実は昨日、オープンしたって学校で聞いて、情報世界の店舗で食べようかと思ったら活動限界が来てログアウトしちゃって」
「それは残念だったわねー。まっ、現実で味わえるんだからいいでしょ。あたしはチョコレートケーキね。あとアメリカンコーヒーも」
「じゃ、注文するわよ」
あたし達がメニューで注文し終え、メニューを閉じると、サーティは少し真面目な顔になってあたしに話しかけてきた。
「ちょっとさー、原住生物たちの動きも気になるのよねー。ここ数ヶ月、目だった大きな動きがなかったでしょ? だから、なんか不気味なのよねー」
あたしも、うん、とうなずいた。小規模な襲撃は幾度かあったけど、初日のような大規模な襲撃は未だに無い。
だから、あいつらは力を溜めているんじゃないか。そう思えるのだ。
「やっぱりあまり行動がないのが不気味よね。これから警戒しないと」
「偵察部隊の報告でも、遠くの方でなにやら集まっているとか言っていたし、ここ数日、何かあるかもね」
「軍事ACの方でもなにか言ってた?」
そばでスパイが聞いているわけでもないのに、自然と声が小さく、低くなる。
サーティも同じように声を小さくして応える。
「戦略ACによるといつかは大規模な再襲撃はあると。数日〜十数日中にはあるとは推測されるけど、いつかの幅が大きすぎて正確な期日はわからないってって。相手が自然だし、彼らのご機嫌次第にもよると」
「ACがそんなこと言っていいのかな」
「それでも随分正確な方よ。オーバーシンギュラリティACが実用化される前の戦略分析では、いつ戦争が起こるのか、直前までわからなかった事が多いし」
「AC様様ってわけね」
あたしはそこまで言うと、自分のヴァーチャル家族の事を思った。ついでに本当の親のことも。
ヴァーチャル家族がいたから、現実のクソ両親がする仕打ちにも耐えられたのだ。
架空の家族がいたから、ここまで生きてこれた。空想は辛い現実の支えになるのだ。
「どったの?」
黙り込んだあたしにサーティが不思議そうに声をかけてきた。
あたしは正直に言う。
「あたしのヴァーチャル家族のことを思ってたの。みんながいたから、あたしは生きていけたの。現実の辛い事に耐えて、ここまでやってこれたのよ」
「そう」
サーティは優しい表情で目を細めながら応えた。そして無言になる。
貴女は、クローン人間で親がいない。その代わりにヴァーチャル家族がいる。という話だった。
でも、そうとは思えない。どこか、本当の親がいるような、そんな「匂い」がする。
あたしは言葉を続ける。
「あたしはクソ両親にあれこれ言われ続けていて、学校にも行くなと言われたし、料理も作ってもらえなかった。自分の将来を決められていた。だから、いつも家を出たいと願っていたのよ」
あたしの言葉に、サーティはただ静かに頷いた。
「だからこの移民船に家出同然で乗り込み、移民先で何かを成したいと望んでいたのよ。移民先がだめなら他の星へ。そこがだめなら、また別の星へ。それで良かった」
そこまで述べた時、足音とモーター音が近づいてきた。その音があたし達のテーブルの前で停まる。
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