第24話 2−6


「チヒロおっはようっ! 今日も元気してた〜?」

「おはよう。サーティ。まあ、見てのとおりね」

 明けてグライシア時間の朝。

 あたしとサーティはあたしのシェルターの前で出会って、挨拶を交わした。

 まあ、あたし達の家って隣同士なんだけど。

 サーティはピンク系のコートに赤いセーター、ピンクパンツにピンクのバッグというファッション。

 あたしは白いワンピースに、蒼いスカート、青いリュックという出で立ちだ。

「今日はどこへ行こっか。フルダイブ映画館で映画でも観る?」

「いいわね。二十一世紀の映画のライブラリでなにか見ましょうか?」

「チヒロがそう言うなら。その後は、どうする?」

 あたしはそう問われ、少し考える。

 どこか食べるところはないかな。でも、この街はできたばかりだし、食べるところは大概行ったし。

 あっ。

 あそこがあった。

 昨日みんなと行ったところ。喫茶トネリコの、現実店舗。

 あそこがいいかな。

「ねえ、この間行ったネット店舗で、喫茶トネリコってところがあるんだけど、そこが現実店舗も持っているのよ」

「喫茶トネリコ? 聞いたこと無いけど?」

「この間開店したんです。新規建築した街区に」

「そうなの? じゃあ、行ってみようかしら。楽しみーっ」

 あたしの提案に、サーティは破顔して手を一つ二つ叩いた。

 良かった。今日のお出かけは、楽しんでもらえそう。

「じゃあ、行きましょう」

 あたしはそう提案すると、家の前に停めてあったフライングプラットフォームに乗り込もうとした。

 その時手に、温かいぬくもりを感じた。

 ぬくもりがした方を見ると、サーティが、こちらを向いて微笑んでいた。

「うん、行こっか」

 あたし達はうなずきあうと、プラットフォームに乗り込んだ。

 すぐさま、ふわりとした感覚が足元からして、プラットフォームが宙へと舞い上がる。

 景色が広がっていく。

 遠くに、墜落した白灰色の鯨の死骸のような巨体を持ったノア三一四の姿が見えていた。けれども彼女の姿は骨組みに覆われていて、その巨体の殆どは見えなくなっていた。

 解体が始まっているのだ。船体はこれからバラバラにされ、都市や工場の建材、ワープエンジンやセンサーシステムなどはこれから作る宇宙船などの原型などに使われるのだ。

 あたし達を守ってきてくれた船がなくなるのは寂しいことだけど、これもあたし達のこれからのためなのだ。仕方がない。

 その周りを、ビルや工場、基地群などが包んでいた。その周りを、新しく建てつつある街並みや工場などが広がっている。

 これが、あたし達の街。

 彼女と生きる、街。

 あたしはサーティと繋いだ手を強く握りながら、目の前に広がる光景を見つめるのであった。


 この街は、これからどうなっていくのだろう。


                         *


「あー映画楽しかった〜。泣けたわね〜。最後のヒロインと彼氏が出会って泣くところなんてさいっこうに泣けたわ〜」

「最後の一枚絵のシーン、良かったですね」

 あたし達はフルダイブ映画で観た映画の感想を言い合いながら、街の道路上をフライングプラットフォームで飛んでいた。

 あたしは、フライングプラットフォームに次に行くところを入力して自動運転させていた。

 周りは自動運転車か、ドローン、あるいはあたし達と同じFPなどがほとんどだ。

 中には、イムを着て飛んでいるゴーレムの姿もある。

 歩道では、大勢のゴーレムやドローンが行き交っていた。お互い知らないゴーレム同士がすれ違ったり、二、三人連れのゴーレムが話し合ったりしながら歩いていくそのさまは、まるで人間のようにも思えた。

 でも、あれは結局道具なのよね。けれども、その道具で社会が、文明が、文化が成り立っている。この星では。

 人間なんて、いらないんだ。

 さて、新しい街区に入ったわね。

 例の場所までは、もうすぐね。

「アレの続編とか創ったら面白いけど、野暮というものでしょうね〜。あれは」

「そうですね。あ、見えてきましたよ。喫茶トネリコが」

「あそこが?」

「そうです」

 真新しいビルとビルの間に、洋風の木造の建物が一軒見えてきた。あれが喫茶トネリコだ。

 情報世界にあったのと変わらない佇まいだ。

 あたしはフライングプラットフォームを操り、トネリコの前へと機体を寄せた。

 音はあまり立てずに、FPは静かに停止した。

「ここがチヒロが言っていた新しくできた喫茶店かー。なんか木造りでいい感じの雰囲気ねー」

「行ってみましょうか」

 あたし達は手をつなぎながらFPを降り、まだ出来たてほやほやの喫茶店へと向かう。

 乗客のいなくなったFPは静かに動き出し、どこかへ飛んでいった。

 見た感じ、情報世界にあったのと変わらない感じね。

 入ってみよう。

 木で作られたドアを押すと、小さく鐘が鳴った。

 そこには、洋風と和風が入り混じった内装の天井が広々とした室内に、そこかしこに木のテーブルと椅子が並べられた、人気の少ない喫茶店の姿があった。

 客はいるが、昨日の情報世界店舗ほどじゃない。あの喧騒から比べれば、まったく静かの一言に尽きた。

 一歩踏み出すと同時に、暖房の効いた空気が一気に流れ込んできて、外の冷たい空気に当たっていた身体を温めてくれる。

「いらっしゃいませ〜〜。二名様ですね〜」

 カウンターから長い金髪を後頭部でまとめた、青い瞳に白い肌の溌剌とした顔立ちで、少し低い身長の体つきの和風ウェイトレス姿のゴーレムちゃん(どうやら生体型のようだ)が笑顔で飛んできては、あたし達に挨拶をした。

 彼女はあら、という顔を一つ見せると、すぐさま笑顔に戻り、

「こちらのお席へどうぞ〜」

 と、あたし達を窓側の席へと案内してくれた。四人がけのボックスシートだ。

 あの顔、一体なんだろうか。

 そう不思議がっていると、

「じゃ、座りましょっか」

 サーティは微笑むとあたしから手を離し、ボックスシートの窓奥側の席へと座った。

「う、うん」

 あたしはそう返すと、サーティの対面に座った。

 ウェイトレスが水などを持ってくるのはまだ先なので、その前に辺りを見回してみる。

 人影はまばらだった。

 そして席に座っているのは、生体型ゴーレムばかりだ。当然だ。普通のゴーレムは食事を摂ることがない。

 この星でゴーレムはだいぶ数が多くなったとは言え、生体型ゴーレムはまだまだ数が少ない。ACの中でも上流階級が専用に持っているか、一般階級のACはレンタルで使っている人が多いのだ。

 あたしやサーティのヴァーチャル家族が、生体型のボディにインストールされたのは、まあ、そういうこともあるのよね。

 あたし達が、この惑星唯一の人間だから、というのもあるし。

 内心ため息を付きながら頭を元に戻すと、サーティが辺りを興味深そうに見回していた。

 ちょっと評価が気になるわ。聞いてみよっと。

「サーティ、この喫茶店はどう?」

「んー、雰囲気は最高ね〜。防音性もいいし、のんびりと過ごすにはいいかもねー」

「でしょう」

 良かった。合格点もらえたみたい。

 内心胸をなでおろす。

 その時、さっきのウェイトレスさんが水とおしぼりを持ってきた。

「お冷とおしぼりをどうぞ〜。……昨日は活動限界が来て残念でしたね。ヤサカ様」

 彼女は苦笑しながら、お冷の入ったコップとおしぼりを置いてくれた。

 あっ。

「あたしの事……」

「情報世界の属性情報でACじゃない存在が来てたことはわかってたわ。そしてこの星でACじゃない存在はたった二人。で、IDサーチすればすぐにわかっちゃいますもの。改めてのご来店ありがとうございます。ヤサカチヒロ様。そちらがサーティ・ワン様ですね」

「はーいっ。アタシも有名人になったものねっ」

 もともと人間は二人だけなんだから。

 あたしは内心ツッコミを入れながら、金髪のウェイトレスさんにお世辞を言う。

「いい店ですね。これなら暇な時にいつでも行きそうです」

「お褒めいただきありがと。何度来てもそう思われるように頑張るわ。さて、ご注文が決まり次第メニューでご注文ください。それでは、失礼致します」

 彼女はそう一礼すると、背筋を伸ばした美しい歩調でカウンターの奥の方へと歩みを向けていった。

 彼女の姿が消えるなり、サーティはちょっとびっくりした顔で言った。

「アタシ達注目されてるなんで知らなかったわよ〜」

「みんなスルーしてただけですよ……」

「そうなの?」

「自覚してくださいね。あたし達はこの星でたった二人だけしかいない人間なんですから」

「それはと・も・か・くー。昼ごはん注文しよー。アタシお腹すいちゃった〜」

「はいはい」

 困ったらごまかすのは貴女の悪い癖だと思いますよ。サーティ。

 ともかく、あたしもお腹すいたし、ご飯食べよ。

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