第23話 2−5


「こちらサーティ。当該区画のパトロールから帰還いたしましたっ。現在、当区域において原住生物の目立った動きは見られませんでしたっ」

「こちらアン。他偵察部隊からも異常なしの報告が来ているわ。今日も動きはなさそうね。ご苦労さま。今日はもう上がっていいわ」

「ありがとうアン。明日早いんで助かったわ〜」

「チヒロちゃんとのデートでしょ? 羨ましいわ。見に来ちゃいましょうか?」

「そんな事やめてくださいよ〜。でも、ちょっとだけなら良いかも〜」

「まあ、明日は休日だからゆっくり休むと良いわ。ともかく、お疲れ様」

「はーいっ。ありがと、アン」

 アタシは軍事基地のイム格納庫内で、パワードスーツ内で通信を終えるなり、ハンガーの脱着装置でイムを全身から外した。

 全身を圧迫していたものから解放され、一気に力が抜ける。

 ふぅう〜。と同時にため息が口から漏れる。

 今日もことはなし、と。良かった良かった。

 ハンガーから降り、基地の床に足をつけると同時に、隣から声がした。

「隊長。お疲れ様。今日は何事もありませんでしたね」

 そうねぎらいの声をかけてきたのは、イム部隊同僚のシェリンガムちゃんだ。

 ブラウンの髪に目の、鼻高な欧米人系統の風貌のシェリンガムちゃんに向かって、アタシは笑いながら返す。

「ええ。原住生物達の動きが減っているのは良い事よね〜。このままいなくなっちゃえば良いんだけど」

「そんな事言っているとまた大変な事になりますよ。最初の戦いの時みたいに」

「やだなあー。またあんな風にはなりたくないわよー」

「歴戦の勇士であるサーティさんが弱気なこと言わないでください」

「弱気な事だってたまには言いたくなるわよー。でも、そうも言っていられないわよね。この星で生きていくためには」

「その調子ですよ。サーティさん」

 彼女はぽんとアタシの肩を叩き、軍人らしい真面目な表情でアタシから離れると、

「じゃ、休日楽しんでいってください。サーティさん」

 そう言って、アタシから離れていった。

 アタシが弱気なこと言っちゃあいけないのかな……。

 まっ、シェリンガムはアタシを励ましたくて言ったんだと思うし、悪気はないでしょ。ACだし。

 安堵のため息を付いて歩き出す。

 これからみんなを集めてデブリーフィング。その後で、解散だ。

 その後は家に帰ってご飯食べて寝て。起きたらデートだ。

 るんるーんっ。楽しみだな〜っ。


 アタシの心は、まさに躍っていた。


                         *


「ただいまーっ。パパ、ママ」

 基地でのあれこれを済ませた後、アタシは自分の家──シェルターへと帰ってきていた。

「おかえり、サーティ」

 マムの優しい声が奥の方から飛んできた。

 アタシはうきうきしながらリビングの方へと向かう。

 アタシの家族もチヒロと同様に、ヴァーチャル家族を生体型ボディにインストールして使っている。

 アタシの家族はパパとママとお兄ちゃん。みんな軍人なんだけど、

「あれ、パパとお兄ちゃんはまだ軍務?」

 リビングにはマムしかいなかった。

「そうよ、まだ基地でお仕事中よー」

 軍人とは思えない美しくて優しい顔立ちのマムが、リビングに入ってきたアタシを見るなり応える。

 マムはキッチンで料理を作っていて、オーブンが稼働中だったわ。

 この匂いは、ピザね。私の大好物よ。

「今日はママ特製のピザかー。トッピングは?」

「海と山の幸をふんだんに使ったカリフォルニア風ピザよっ。まあ、自動食料工場製だけどね」

「美味しそー」

「みんなが帰ってきたらディナーにするわ。サーティはゆっくり休んで待っててね」

「はーいっ」

 アタシはママに表面上は元気よく応えると、部屋に向かった。

 部屋に入ってドアが閉まるなり、アタシは大きくため息を付いた。

 なんかここ最近、家族のみんながうっとおしく思える。

 この星に来たときにはそんな事なかったのに。

 なんでだろうか、と思う。

 覚えのあることが、一つあった。

 チヒロだ。家族よりも、彼女と一緒にいたい。最近は、そう思うようになってきている。

 彼女のことばかり考える事が多くなってきている。任務中でも。チヒロ、今何をしているのだろうかとか。

 こんなんじゃいけないと思うのに、つい考えてしまう。

 これって、もしかして?


 恋?


 アタシはベッドに倒れ込むと、もう一度、大きくため息を付いた。


                         *


 基地での軍務を終えて帰ってきたパパと兄と一緒に夕食のピザなどを食べて、それからホログラフィックTVを見たりした。

 もう既に放送に必要なACなどは揃っていて、彼彼女らが織りなすコメディ番組を見ては大笑いした。

 大笑いはできたんだけど。

 アタシ、今遭難してるんだけどねー。

 そんな状況で、ACが作ったコメディ番組を見て、楽しんでいいのだろうか?

 まあ。

 精神の安定は大事よねー。

 娯楽も何もない状態で、空の星の数を数えて一夜を過ごすなんかよりも、今のほうがずっと良いに決まっている。

 そんな感じで、TVを見終えた後お風呂に入って、上がってから部屋で今日の任務の報告書を書いたり、明日のことでチヒロと話したりして、それからベッドに入ったのは地球時間の深夜一時の事だった。


「ママ、ママ、お人形買ってー」

「いつも言っているでしょうマルム? お金がないって。我慢しなさい」

「でもみんな持ってるし〜」

「マルム、聞き分けがない子ね! だめよ。我儘言っちゃ」

「ママ……」

 アタシは軍用オーバーシンギュラリティACマルスの兵士育成施設で生まれ、そこで育てられたスーパーエリート兵士だと言うのに、地球のニューヨーク・ハーレムのオンボロのアパートメントに住む貧困白人母子家庭の子供、マルムと呼ばれている。

 家はいつも貧しくて、その日のご飯にも困るような有様だった。教会の炊き出しにもよく行っていた。

 父はアタシが小さい頃に離婚し、母はパートなどでその日の糊口をしのいでいた。

 見たこともない、会ったこともない母親だと言うのに。

 その母の姿や光景には、馴染みや覚えがあった。

 なんでだろう。

 アタシは雨漏りがする寒い部屋を眺めながら思う。

 貴女は、誰なのだろうか。

 アタシは、狭い机の上でなにかの内職をする「母」に向かって問いかけた。

「あなたは、だれ?」

 そう尋ねた瞬間、世界が真っ暗になった。

 貧しい家と「母」の姿は消え、どこかを走っているように見えて、外の風景は何も見えないスクールバスの最後部座席にアタシは座っていた。

 どこ、ここ?

 そう思う間もなく、アタシの目の前にもうひとりの幼い自分が現れた。

 そして、不気味な笑顔でこう問いかけてくる。

「あなたは、だあれ?」

 何よこれ。

 アタシはアタシじゃない!

 なんでアタシにそんな事を言うわけ?

 アタシは無実の罪を叫ぶ被告人のように叫ぶ。

「アタシはアタシよ! 太陽系軍特殊任務群サーティ・ワン少佐よ! それ以外のなんだというの?」

 アタシの弁明に幼い「アタシ」は更に不気味な笑みを大きくして応える。

「貴女はサーティじゃない。貴女は、マルム・ヘンダーソンよ。つまり私よ」

「違うわよっ! そんな訳あるもんですかっ!」

 思わずホルスターから拳銃を抜こうとして、なにもないことに気がつく。

 慌てるアタシに「彼女」は近づいてきて。

 アタシに手で触れると。

 強く、化け物のような恐ろしい口調で告げた。

「ねえ、出してよ。私を貴女の中から」


 や・め・てー!


 アタシは悲鳴を上げながら、目を覚ました。


 ……夢、か。

 アタシはほっと胸を撫で下ろしながら上半身を起こした。

 脳内ナノマシンコンピュータの時計アプリを呼び出して見る。

 起床時間の午前六時の十五分前だった。

 これなら起きてもそんなに変わんないか。

 洗面所に行って歯を磨いて顔洗おう。

 そしてご飯食べてデートの準備しようっと。

 楽しみだな〜。


 アタシはベッドから降りると、自分の姿見を見た。

 じっと眺める。

 鏡の中には、いつものアタシがいた。

 それは変わりはない。

 でも、思う。


 アタシがアタシである事の保証を、一体誰がしてくれるのだろうか。

 チヒロ……。貴女は?


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