第46話 3-8


 あたし達は、突如として逃げ出した虫達を追撃していた。

 逃げ出した理由は知らされていた。メフィールちゃんが殺虫剤を完成し、それを空中から大量にばらまいているからだった。

 あたし自身はエイブラムスXX戦車を遠隔操作しているし、他のAC達はゴーレムやイムなどに入っていたり、あたしと同じように戦車やドローン、航空戦力などを遠隔操作しているからまったく影響はなかった。

 負け戦が一転勝ち戦だ。戦車を駆り、逃げる虫達を追いかけていく。途中死んで地上に横たわる虫達を踏み潰し、逃げ遅れた虫を砲弾やレーザーなどで止めを刺しながら。

 こんなに楽しいことはない。さっきまで苦しめられっぱなしだったから、その楽しさは倍増だ。

 あたしが、自動照準で逃げていく虫の一匹に合わせ、発射ボタンを押したその時だった。

「ヤサカさん」

「なんでしょうか」

 突然言われながらも、ボタンを押す。弾丸が飛んでいき、逃げる虫に直撃する。虫は跳ね上がった。

 それを無視するかのように、オペレータは言葉を続ける。

「アンさんから、指揮を副隊長に引き継いで、サーティさんが入院した病院へと向かってください、とお願いが出ています」

 でも今は、と思いながらも、その丁寧な言葉遣いに、あたしははい、とうなずくしかなかった。

 軍隊における丁寧な言葉遣いは、実質的な命令を意味するからだ。

「分かりました。副隊長に指揮を引き継ぎ、病院へと向かいます」

 あたしはそう言うと、あたしのエイブラムスXX戦車の情報空間からログアウトした。

 椅子と一体化したコンソールの筐体という狭苦しい空間から出ると、あたりを見る。

 部屋の中は、これまた狭苦しく並べられた筐体達に、ゴーレム達が座って黙々と操作をしていた。

 そこには戦争の空気はなかったが、どこか重々しいなにかから解放されたという感はあった。

 あたしは副隊長のゴーレムに向かって言った。

「というわけであたしはサーティを見舞いに病院に向かうわ。後の指揮、よろしくね」

「了解しました」

 副隊長のゴーレムは抑えた感情のない口調で応えた。本来ゴーレムやACはこういう性格がデフォルトのはずなのだ。

「私もお供してよろしいでょうかっ」

 アヤネちゃんが筐体から抜け出しながら言った。

 別にいいのに、と思いながらも、

「ありがと。じゃあ、ついてきて」

 あたしはそう応えると、やや急ぎ足になりながら戦車コントロールセンターの出口へと向かった。

 サーティ。

 あたしの事を気にしていたのだろうか。だからあんな風に。

 別にあたしを助けなくても良かったのに。やられても新しい戦車にコントロールを引き継げばよかったのだから。

 そう思いながらも、嬉しく思っていた。

 サーティ、来てくれたね、と。

 だから、サーティのことが気になった。傷はどうなのか。大丈夫なのだろうか。早く病院に向かわなきゃ。

 あたしの心は自然と急いでいた。


 あたしのせいで、サーティは。


                  *

 

 あたしは、自動運転車で基地から街にある一番大きな病院、軍病院へと向かった。

 そこは人間だけでなく、普通のゴーレムや生体型ゴーレムなどの治療なども行えるようになっている。普通のゴーレムでも生体部品を使っている機種があるので、それが壊れたりしたら治療なり交換なりできるようにと言う配慮からだ。

 あたしとアヤネちゃんは、自動運転車の中では無言だった。

 でも何も考えてなかったわけではなく、サーティのことで頭がいっぱいだった。サーティ、大丈夫かな、と、何度も何度も考えていた。最悪のことで頭がいっぱいになってぐるぐる回っていた。

 外の雨は止んでいたけれども、暗い空はそのままだった。時折聞こえる砲声や銃声は遠くなり、街は平穏を取り戻しつつあった。

 けれども。

 サーティのことであたしはちっとも平穏じゃなかった。胸がかき乱されていた。もしかしてあたしのせいで、サーティが、と思うと、胸中平穏ならずと言った感情だった。

 あたしのせいで。そう思うと頭が重くなる。サーティが撃たれたのは、あたしが油断していたからだ。それを助けようと。

 余計なことを、とも思う。でも、そんなあたしを、サーティは、とも同時に思う。

 あたしのせいで。そこにもう一度戻ってしまう。

 そんなあたしを見かねてか、隣りにいるアヤネちゃんが声をかけてきた。

「大丈夫ですよ。サーティさんは。きっと」

 そんな希望的観測なんて言わないで。そう思いながらも、あたしは、そうね、とつぶやく。自責の念に苛まされながら。

 その時、自動運転車のACが、滑らかな声で伝えてきた。

「もうすぐ軍病院に到着します。降車の用意をよろしくお願いいたします」

 窓の外を見れば、白い大きな建物がそばに見えてきた。

 あれが軍病院。サーティが駆け込まれたところだ。あそこでサーティは治療を受けている。

 早く会いたい。サーティに。

 でも。

 サーティに会って、あたしはなんて言えばいいのだろうか。

 そう思いながらも、あたしは降りる準備を始めた。


 車止めで車から降りるとすぐさま病院の玄関へと駆け込み、受付の事務員ゴーレムに問い合わせる。

「あの、ヤサカチヒロですけど、サーティは今どこに!?」

 事務員ゴーレムは、ちょっとそんなに強く言わなくてもという表情で、落ち着かせるような声で応えた。

「緊急入院したサーティ・ワンさんは現在手術室で手術中ですよ。ナノマシンで手術中なので、そう長くはかからないと思いますが」

 あたしは畳み掛けるように言葉を続ける。

「手術室はどこですか!?」

「手術室は医療棟にありますが、当然のことながら面会謝絶ですので。室の前までなら案内いたしましょうか?」

「はっ、はい!」

 事務員ゴーレムは近くにいた看護師ゴーレムを呼ぶと、彼女に案内させるように言った。

 黒髪にマスクの看護師ゴーレムは丁寧にお辞儀をすると、

「こちらへどうぞ」

 と先頭に立って歩き出した。その後を、あたしとアヤネちゃんはついて行った。

 病院の中は白光と白い壁で明るかったが、それでもところどころにできる影は暗く、あたしの心のようだった。

 廊下は長く、どこまでも広く、いつまで経っても手術室にたどり着けないのではと思わされた。

 何度角を曲がり、ドアを抜けたのだろう。それを思い出せないままに。

 あたしが歩いている向こうに幾つか並んだ扉達が見えてきた。

 その扉の一つに、幾つかの人影があった。

 その扉を見るなり、看護師は優しい声で言葉をかける。

「あそこが今、サーティさんが手術を受けている手術室です」

 その言葉を聞いて、あたしは居ても経ってもいられなかった。

「あそこが」

 そう応えるなり、あたしは小走りにその人影の元へと駆け出そうとした。そして気がつく。

 あっ、あの人達は。サーティの「家族」だ。

 あたしは足を止めて、ゆっくりとした足取りで彼らに近づいた。

「あの」

 えっと名前は。「お父さん」がジョンで、「お母さん」がメアリーだったっけ。

「メアリーさん。サーティ、さんの容態は」

 あたしの声に、メアリーさんは振り向いてこちらに顔を見せ、お辞儀をした。その笑顔はどことなくぎこちなかった。

「今手術中よ。こちらを御覧なさい」

 そう言って壁際の空中に表示されているホログラフィックスクリーンを指さした。

 あたしはそれを見つめた。

 手術室は二つの部屋に分かれていて、一つが実際の手術室、もう一つが医者のゴーレムなどが詰めている管制室になっていた。手術室にはナノマシンポッドなどがあり、そこに患者が入り、管制室からの遠隔操作で手術が行えるようになっているのだ。これは人間の医者がいる場合でも変わらない。

 ナノマシンポッドの中は緑色の液体が充填され、内部の様子を伺うことは出来なかった。あの中に、サーティがいるのだ。

「手術の状況は」

「現在身体に入った破片などの除去手術中よ。それが終わったら傷を塞ぐ手術などを行うわ。それが終わったら、意識の覚醒を待つことね。でも」

「でも?」

 あたしはその言葉に何かを察した。これは、良くないことだ。

 メアリーさんは少し困り顔になって言葉を続ける。

「病院に駆け込まれた時心肺停止状態でね。先にエトランゼの蘇生措置を行ったんだけど、意識が覚醒しなくて。意識が覚醒するのを拒否しているとでも言った状態かしら。あの娘、困ったものね」

 やはり。あたしは何も言えなかった。サーティはあの事に、まだショックを受けていて。

 何も言えないあたしを察したのか、それとも誤解しているのか、メアリーさんは励ますようにあたしに向かって言葉を重ねる。

「きっと大丈夫よ。あの娘はきっと目覚めるから。それまで家で休んでおきなさい。貴女も出撃して疲れているようだから」

「でも」彼女の言葉にあたしはとっさに言葉が出た。「あたしもそばにいたいです。あたしにとって、彼女は大切な人だから。一晩でも二晩でも、彼女の傍にずっといてやりたいです」

「駄目よ」メアリーさんはあたしの言葉をピシャリと断った。「貴女、精神マトリクスに乱れが生じているわ。疲労によるものね。このままだと、貴女は倒れてしまうわ」

「でも」

「では上官としての命令を告げるわ。ヤサカチヒロ。貴女に休養を命じます」

 その厳かな口調にあたしは何も返せなかった。彼女の発する音波自体に、心理調整コードが入っている。いわば、弱い洗脳だ。

 でも、あたしも感じていた。自分の疲れ具合を。どこかで緊張の糸が切れたら、倒れそうな気がする。そう思えるような疲れの酷さだった。

 あたしが黙り込んだのを見て、メアリーさんはあたしの顔まで目線を下げ、優しい母親の顔になって告げた。

「私達はこう見えてもあの娘の家族なの。元は情報世界で創られた彼女を精神安定させる偽の家族だけど」

 そう言って彼女は立ち上がり、サーティの手術が行われているホログラフィックスクリーンを見つめた。そして、もう一度あたしの方を向き、言葉を続ける。

「私達はたしかに偽の家族かもしれない。けれど、それでも家族なのよ。だから私達に任せて」

 あたしは、今は。

 メアリーさん達に任せるしかないのだろう。それでも、不安は残るけれども。後ろ髪を引かれる思いだけれども。

 結局、家族は家族なんだろうな。たとえ仮想の家族だとしても。あたしにも仮想の家族がいるから、その気持ちはわかる。もしあたしとサーティが逆の立場だったら、あたしの「家族」も同じようなことを言うのだろう。

 そう思うと、あたしの気持ちはふっと楽になった。そして、深々とお辞儀をした。

「了解しました。ヤサカ・チヒロ、休養を取らせて頂きます。サーティの事を、よろしくお願いいたします」

「ええ、任されたわ」メアリーさんは明るい声で応えた。「貴女にも手術室のライブ映像のURLを渡しておくわ。それを見ながら、家でゆっくり休んでおきなさい。手術が終わって意識が覚醒したら、病院へといらっしゃい」

「はい」

 そう言うと同時に、視界の隅にMRスクリーンが展開し、先程と変わりない手術室の様子が映し出された。これで、いつでもどこでもサーティの手術の様子が見られる、か。

 サーティ。

 あたしはそう思うと、もう一度頭を下げた。

「それでは、失礼しました」

「帰り道気をつけて。まだ戦闘が行われているし」

「はい、お心遣い、ありがとうございます。それでは」

 そう言ってあたしはくるりと体の向きを変え、もと来た道を帰り始めた。

 その先にアヤネが待っていた。彼女はあたしを見ると、笑顔になってあたしを出迎えてくれ、

「それじゃ、帰りましょうか」

 そう言葉をかけてくれた。

 彼女もあたしの家族の一員だ。そう思うと、彼女の顔がとても暖かく見えた。

 道具だけど、家族だ。そうなのだ。

 と同時に。

 

 サーティが家族になってくれるのは、いつの日だろうか。


 そんな事を、心の片隅で思った。

 病院の白い床と天井が、やけに明るく見えた。

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