第45話 3-7

 私が基地の地下司令部で戦況を見つめていた時、ついに待ち焦がれた通信が入ってきました。

 ホログラフィックスクリーンのモニターが開かれ、そこに映し出されたのは。

 猫耳に青い髪、青い目の白衣を着たゴーレム、メフィールちゃんでした。彼女は得意げな表情で、こう報告してきました。

「アン様! ただいまティルトジェット機やドローンに例のものを積んで発進させましたにゃ! いかがいたしますかにゃ!」

 私は恋人が旅から帰ってきたときのような思いで胸が一杯になると、命令しました。

「直ちに散布して! 敵が街に侵入し始めたわ!」

「了解ですにゃ!」

 返事とともに、司令部に映し出されていたホログラフィックスクリーンのうち何枚かが切り替わりました。

 そのうちの一枚に、空に浮かび上がるティルトジェット機の姿が映し出されました。

 翼の両端に可動式のジェットエンジンを積んだその機体は、エンジンを垂直にしながら力強く上昇し、夜空へと舞い上がっていきます。

 そしてある一定の高度に達すると、後部の貨物室ドアを開き、霧のようなものをばらまき始めました。

 霧のようなものは、街へと侵入し荒らし始めたり、街の周辺でチヒロさん達と戦い続けている原住生物達へと次々と降りかかりました。

 するとどうでしょうか。

 突然、霧のようなものが降り掛かった昆虫型原住生物達が次々とひっくり返り、足をばたつかせてもがき苦しみ始めたではありませんか!

 空中にいた虫達も、突然力をなくしたように次々と地面へと墜落し、ひっくり返ってはもがき苦しみ、やがて動かなくなりました。

 間に合ったわね。私達の秘密兵器。対原住生物用の毒が。

 これは、原住生物の体を分析して創られた専用の殺虫剤で、彼らの神経や呼吸系に作用し、麻痺、窒息させて死に至らしめるものなの。

 最初の襲撃の後から研究を進めていたけど、ようやく実物が大量生産できたわ。

 これで、この戦いの勝利は確実ね。

 私は、工場から発進してゆくティルトジェット機やドローンなどの姿を眺めては、ふううっと、大きくため息を付きました。

「間に合ったわね。ご苦労さま」

 私は、通信モニター内のメフィールちゃんに優しく声をかけました。

「まあ虫達が飛行能力を獲得したと知った時はヒヤヒヤものでしたがにゃ。化学工場に無理を言わせてよかったですにゃ」

「これで敵を殲滅は出来なくても撤退はさせられるでしょう。出来た分から続けて散布して」

「はいですにゃ」

 私とメフィールちゃんが通信を終えたところに、オペレータが報告を知らせてきました。

「都市周辺の敵全滅。最終防衛ライン近くの敵、急速に撤退中。追撃しますか?」

 とりあえずは原状復帰まではさせておいたほうがいいわね。よし。

「各部隊は第一防衛ラインまで追撃。後は防衛ラインで警戒態勢を維持。工兵隊、建造・修復チームは都市や防衛施設などの修理をはじめて。あと」

「あと?」

「チヒロさんには第一戦車大隊の指揮権を副隊長に渡して、すぐに病院へと向かってと言って。サーティさんのそばにいてやってね、と」

「了解しました」

 命令を聞き終えると、参謀やオペレータ達は一斉に各部隊に指示を出し始めました。

 その喧騒の中で、軍事ACのマルスライトの遠隔操作ボディがホッとした表情で声をかけてきました。

「これで一段落ですな。予想外の事態はありましたが被害は最低限には抑えられたようで」

「最低限をどこに置くかもよりますけどね」

 私はもう一度ため息を付きました。そして、言葉を続けます。

「ともかく、また彼らがまた襲ってきてもしばらく対応策はこれで取れるでしょうし、近い将来にはこの薬品を利用して反抗作戦を実行し、この地から彼らを駆逐して、領地を拡大できるでしょう。その作戦計画を、今から立案しておいてください」

「一杯紅茶を飲んでからはじめてよろしいでしょうか?」

「ご自由に」彼の言葉に、私は微笑みながら応えました。「この夜は緊張しっぱなしだったものね。何もなければ、一休みしてよろしいわ」

 そう言って私は、メインのホログラフィックスクリーンを見つめました。

 味方のエイブラムスXX戦車隊やドローン部隊、支援部隊などがさっきとは逆に前進を始め、赤い点達は急速なスピードで数を減らしつつ、都市や工場から離れていっていました。

 今夜はこれで乗り切った、か。

 私に対する試練は、これで一つ乗り越えられたわね。私の復讐は、まだ続けられる。まだまだ、始まったばかりだけど。この長い夜のように。


 長い夜の果てに、一体何が待っているのでしょうか。

 

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